雲間から零れる一筋の光のごとく 3 | やさしい時間

やさしい時間

ときメモGSの妄想小説です。

ネタバレなSSもアリ。
一部限定公開もアリですのでご注意を……。

 移りゆく季節の中で、子供たちはめまぐるしく成長していく。
 成長期の子供の吸収力というのは、本当に眼を見張る。子供らには無限の可能性が秘められている、とはよく言ったものだ。彼らの進む道は幾つにも枝分かれしていて、彼らはその中の一つを自分で選びながら進んでいくんだ。

 生徒たちの触れ合いの中で、少しずつ人間らしい感情を取り戻し始めた頃。僕は臨時講師から正規の教員として雇われることになった。「生徒たちの信望も厚い」というのがその理由らしい。
 本来ならば、一か所に長くとどまることは避けたかった。長くとどまればそれだけ奴らの注意を引いてしまう恐れもあったし、何より僕がいる事で周りの人たちに迷惑がかかるかもしれない。けれど、もう少しだけこの場所にいてもいいといわれたような気がして。少し、嬉しかった。


 色んな生徒がいた。スポーツの得意な生徒、勉強が得意な生徒。明るい生徒、大人しい生徒。真面目な生徒、少し問題を抱えている生徒。
 彼らと同じ視点に立ち、同じように悩んだり、困ったり、悲しんだり、楽しんだり。思春期に経験の出来なかったことを、彼らを通して僕も体験していたんだ。



 何度目かの春を迎え、教え子たちを送り出して。そしてまた、僕は新しいクラスを受け持つことになった。
 卒業していく生徒たちの進路がようやく定まって、そして息をつく暇もなく新入生を受け入れる準備を始める。別れと出会いが錯綜する季節は、教師にとっては最も忙しい時期かもしれない。わずか1ヶ月ほどの間で、新しい年度の年間計画を決めてしまわなくてはいけないから。

 その日は、少し仕事が早く片付いて。少しずつ傾いていく太陽を見ながら、いつもと違う道を通って帰ろうなんてことを考えた。
 夕陽が茜色に街を染めていく、この時間帯が僕はとても好きだった。美しい夕焼けは、静かな夜をもたらすから。星の瞬く夜空は、誰にでも平等に全てを包み隠すから。……悲しい嘘も、残酷な真実も。

 人通りの少ない慣れた道を歩いていて、僕は足を止めた。既に遊ぶ子供の姿もなくなった誰もいないはずの公園から、小さな声が聞こえたような気がして。
 小さな公園に足を踏み入れる。どこから聞こえたのだろうと見回すと、滑り台の下でうずくまる人影を見つけた。後ろ姿からすると高校生…いや、中学生くらいだろうか。具合でも悪いのだろううかと思い、声を掛けようかと思った時。うずくまる少女の方から小さく震えるような仔猫の鳴き声が聞こえた。
「どうしたの?」
 後ろから声をかけると、少女は肩を跳ねあげて驚いて。振り返って、真ん丸に眼を見開いて僕を見上げた。
「あ、ごめんなさい。驚かせちゃいましたか?」
「えっと…」
 少女は少し困ったように眼を泳がせて、そして足元に視線を落とす。そこには、ボロボロの段ボール箱に入った一匹の仔猫がいた。少女の差し伸べた細い指に身を擦り寄せて、彼女を見上げてニャアと小さく鳴く。
「この子…捨てられてるみたいで…」
 仔猫の様子から、少女はかなり長い間ここに留まっていたのだろう。
「どうしよう…連れて帰る訳にもいかないし…」
 独り言のように呟く少女の声は困り果てているようだった。
「私、もうすぐこの街に越してくるんですけど…。今日はこっちにはご近所周りのあいさつとかで来ただけなんです。ちょっと時間があったからあちこち一人で散歩しててこの子を見つけちゃって…。でも、もう帰らなきゃいけないし…」
「そうでしたか…」
 少女の隣に、僕も並んでしゃがんでみる。仔猫は不思議そうな顔で僕をじっと見上げた。両手を差し出して小さな体を抱き上げる。ふみゃ、と気の抜けた声を上げて仔猫は僕の腕の中に収まった。
 柔らかい被毛に包まれた、小さな命。手のひらに伝わってくる力強い鼓動と、僕を見上げる瞳。いつかの猫に似ている、そんな気がした。
「じゃあ、君は僕の家に来る?」
 腕の中の仔猫に問いかけると、仔猫は分かっているのかいないのか、にゃあと小さく答えた。
「うん、よし。じゃあ、君は今日から僕の家の子です」
 僕と仔猫のやり取りを眺めていた少女が、再び驚いたように眼を丸くする。
「あ、あの…」
「実は僕、猫を飼っていて。でも家を空ける事が多いから、独りじゃ寂しいだろうと思っていた所なんです。この子なら、きっと彼女も気に入るでしょう」
 そう言って少女に微笑みかけると、少女は2・3度眼を瞬かせて。そしてふわりと笑顔を浮かべた。
「よかった…。このまま、ここにこの子を置いていくのも心配だったんです」
「ふふ、それは良かった。じゃあ君もそろそろお家に帰った方がいい。もうすぐ暗くなってきますよ?」
「あ、はい!じゃあ猫ちゃんの事、よろしくお願いします!」
 少女は勢いよく立ちあがり、ペコリと頭を下げた。
「はい、君も気をつけて帰ってくださいね」
 少女は明るい笑顔を残して小走りに去って行った。




 季節は巡り、桜のつぼみがほころび始めた頃。

 我が家にやってきた小さな新参者はすっかり僕の部屋に馴染んでしまったようで、今日も出勤準備をする僕の足元にじゃれついて邪魔をする。
「ああ、コラ。君はおとなしくお留守番してて下さい」
 今日から、新学期が始まる。また無限の可能性を秘めた、輝く瞳に出会える季節。今年はどんな新入生がやってくるのだろう。彼らがどんなふうに成長していくのか、また彼らと出会うことで僕はどんな変化を迎えるのか。少し、ワクワクする。
 小さく笑みを浮かべた僕を、足元の仔猫が不思議そうに見上げた。そう言えば、あの日出会った少女。彼女はあの時、もうすぐこの街に越してくると言っていたけれど。またどこかで、彼女と会うこともあるだろうか?
「…さて、行ってきます」
 少しかがんで仔猫の頭を撫でてやると、仔猫はニャアと目を細めて答えた。


 外は温かい春の日差しで溢れていた。





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