深夜一時。何となく眠れなくて、空に浮かぶ月を眺めていた。今夜は彼女の事ばかりを考えてしまう。…まあ、今夜ばかりは仕方のない事なのかもしれない。
出会ってから今日までの事。初めて出会った日。一緒に下校した日。くだらない世間話で笑い合った日。桜の花びらが舞い散る中、不安そうな顔をした君。体育祭で一等をとった時の得意げな笑顔。初めて一緒に飲んだコーヒーの味。全てが昨日の事のように鮮明に思い出される。
彼女は、もう眠ってしまっただろうか?こんな時はどうしようもなく彼女の声が聞きたくなる。携帯電話に視線をやると、ほんの一瞬液晶画面が光ったような気がした。開いてみると、やはり着信アリの表示。発信者は…彼女だ。
こみあげてくる笑いをこらえながら、慣れた番号に発信する。1コールも待たないうちに、彼女の声が聞こえてきた。
「あっ…。ごめんなさい。もしかして、寝てた?」
「いや。大丈夫。どうしたの、こんな時間に?」
同時刻に同じ事を考えていたという状況が可笑しくて、つい口元が緩んでしまう。
「ちょっと、声が聞きたくなって…」
「うん。僕も同じ事を考えてた」
お互い何か特別に話がしたかったわけでもないので、つい黙り込んでしまう。受話器越しに、君が軽く鼻をすするのが聞こえた。
「…ご両親への挨拶は上手くいったの?」
「う、うん…」
そう言いながらも君の声は急に湿り気を帯びていく。優しい君の事だ、きっとボロボロ涙をこぼしたに違いない。あの優しそうなご両親に愛されて育った君。きっと、言葉以上の感謝の気持ちを込めた涙をたくさん流したんだろう。
その光景を想像すると少し胸が切なくなった。
「笑って言おうと思ってたのに…やっぱり泣いちゃった」
おどけて言ってみせてるけれど、きっと思い出してその瞳を濡らしているのだろう。傍に居れば、抱きよせて頭をなでてあげられるのだけれど…。
「ねぇ、貴文さん。逢いたいな…」
僕の気持ちを見透かしたような言葉を君が言う。思わず僕は小さく笑ってしまう。
「駄目。今日はご両親と一緒に過ごす、て決めたでしょう?」
「う…。そうだけど…」
きっと君は少しむくれてる。君の事なら、すぐに想像できるんだ。
「明日からは、ずっと二人で居られるんだ。だから、今夜はご両親の傍で。ね?」
「…はい」
素直にうなずく姿は出会った頃のまま。あの頃から、僕はずっと君に恋をしていた。
「貴文さん」
「ん?どうしたの?」
「明日から、よろしくお願いします」
彼女の改まったもの言いに、ふと笑みを浮かべた。空には月が煌煌と輝いていていて、この瞬間の二人を照らしてくれている。
「うん。こちらこそ、よろしく。…明日は早いから、そろそろ寝た方がいい」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
―――そう。僕らは明日、家族になる。
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テーマ曲付きSSで作ったもの。
曲はレミオロメン「夢の蕾」
これは、この曲を聴いてる時に何となく浮かんだ物。
挙式前夜?に、一人で今までの出来事を思い出して月を眺めてる若王子先生、みたいな感じです。
相も変わらず若王子先生への愛がダダ洩れな一品(笑)