当たり前だった母の日が… | NO DAY BUT TODAY ~60歳からの「今日」を生きる~

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定年退職後の気ままなセカンドライフを綴っていきます

昨日、父、姉夫婦とのホームでの昼食を買い出しするため、

久しぶりにデパート伊勢丹に行きました。

目的はデパ地下でしたが、少し時間もあったので、

ちょっとふらふら…。

 

今月は「母の日カーネーション」なので、デパートも関連商品がいっぱい。

去年まで当たり前のように姉と二人で

贈っていた「母の日カーネーション」のプレゼント、今年はもう贈らないんだ…。

贈るべき母がいない…ということを痛感させられてしまいました汗

今年は特別に想いが強いかもしれないけれど、

これからもこの季節になると、母のいない寂しさを感じ、想うのかな。

 

24年前に亡くした妹のことも、時間が解決してくれた部分は

あったけれど、忘れる(忘れた)ことは絶対にないです。

※妹の最期の日の光景は、今も鮮明に覚えています。

 普段は封印されていますが、何かのきっかけがあると思い出します。

だから、母のこともきっと忘れないし、忘れられない。

 

私がいつまでも悲しんでいることを母は望まないと思うので、

私なりの人生を歩んでいかないといけない。

それが母への供養だと思っています。

 

でも「母の日カーネーション」は母を想い、偲ぶ日の一つにしようと思います。

そして、真っ赤なカーネーションカーネーションを飾りたいと思います。

 

さぁ、これからカーネーションカーネーション、買いに行ってこようかビックリマーク