「地獄」 長編ドキュメンタリー映画 2009年 日本未公開
1964年、アンリ・ジュルジュ・クルーゾー監督の撮影中だった
「地獄」の製作中止が決定した。
このドキュメンタリーは、亡くなった監督の未亡人が持っていた
13時間分のテストフィルムを元に製作された。
ホテルを経営している男が、自分の妻が浮気をしているという
妄想にとりつかれ、もがき苦しむ姿を描く映画になる筈だった。
どちらかと云うと監督個人のアート・フィルムもしくは
プライベート・フィルムの小規模な作品の筈だった。
それが妻役に当時大人気だったロミー・シュナイダーをキャスティングした事で事情が変わる。ハリウッド映画のコロンビアが資金提供を
申し出た事で、超大作になってしまった。
監督自身、最初の妻を不幸な事故で亡くして
一種の鬱病状態になったりしていた。
その監督が、妻の浮気に妄想を膨らませる男の物語を
今まで見た事もない様な映像を、誰も見た事もない様な色彩で
表現しようとした。当時、フランス映画はヌーベルバーグの
渦中にあった。それに対抗しようとしたことは明らかだった。
このドキュメンタリー映画に残されたテスト・フィルムは
異様な映像ばかりだった。
時間の制限のあるロケの最中、クルーゾーは病に倒れる。
さすがのコロンビア映画も製作中止を決定。
遂に「地獄」陽の目を見なかった。
1994年、クロード・シャブロル監督は、クルーゾー監督のシナリオを
元に「愛の地獄」として映画化している。
これは、ごく普通の作品として映像化され、クルーゾーが狙っていた
実験的な試みは回避されている。
一人の人間の内面を、実験的な映像でとらえようとした
クルーゾーだが、己自身の内面のコントロールを完全に見失い
傷つき敗れ去ってしまった。
色んな人のインタビュー、色彩の実験、このドキュメンタリーは
クルーゾーの敗北の記録になってしまった。
今なら、簡単に出来てしまう色彩の反転など、当時の技術では
大変な作業だった事が分かって面白かった。
「情婦マノン」 「恐怖の報酬」 「悪魔のような女」など
映画史に残る映画を撮り続けたアンリ・ジュルジュ・クルーゾー監督。
最後の最後まで巨匠であったことは確かだった。
夕方からは久し振りの雨。
明日も降り続くとの事。
恵みの雨であって欲しい。