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B級おもしろ映画館

古い映画や映画館をこよなく愛し
なによりも面白い映画が大好きなオジサンのブログです

 

 

ゴマちゃんの薬がなくなった事もあり、

お世話になっている動物病院に行って来た。

年末に急死したチョコちゃんの事も報告した。

病院に行ったのは一度だけだった。年明けにでも行こうと思っていたが

あまりの突然の死が、全てを断ってしまった。

上記の写真は死ぬ一か月くらい前に撮ったものです。

小さい頃から食の細い子で、あまり食べたがらなかった。

当然のように体は小さいままだった。

体重も2キロ前後と子猫並みだった。

亡くなって10日以上経ったが、今だ実感がわきません。

お気に入りのベッドで寝ている様な気がしています。

 

今年初めての日帰り温泉に行って来た。

今日から平常営業だった。朝早かったせいか人はあまり居ない。

源泉かけ流しの天然温泉に始まり、炭酸泉やサウナまで

大いに温泉を楽しんだ。曇り空だったが、

顔に当たる風は強くて、冷たい!

それでも貸し切り状態の露天風呂は気持良く、爽快だった。

いつものランチが始まったのでレストランへ。

お刺身から天ぷら迄、和の料理を満喫しました。

結構広いレストランだが、12時頃には満席状態。

何と待っている人もいる。こんなに混んでいるのは初めて見た。

30食限定のお昼のランチはあっという間に売り切れていたようです。

身も心もリフレッシュ出来ました。

今年も週に一度の温泉三昧、始まりました。

 

一階で一人ぽっちになって、毎日寂しそうなナナちゃん。

昼間は出来るだけ私が一緒にいてやろうと

昼の映画は一階で見ている。

モニターが一番大きいので、派手な大型映画ばかり見ている。

今日は「80日間世界一周」をノンビリ見ていた。

テーマ曲が眠りを誘うようで、3時間の上映時間の内

一時間位は眠っていたようです。

 

 

 

 


 

「アメイジング・グレイス、アレサ・フランクリン」   2018年  90分

  撮影・シドニー・ポラック

 

 1972年1月13日、14日、ロサンゼルスの

ニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で、

“ソウルの女王”と呼ばれたアレサ・フランクリンによる

ライブが行われた。

そこで収録されたライブ・アルバム『AMAGING GRACE』は

300万枚以上を売り上げ、

史上最高のゴスペル・アルバムとして今もなお評価されている。

その感動的な夜の記録が、ついに映像で蘇る。

コーネル・デュプリー(ギター)、チャック・レイニー(ベース)、

バーナード・パーディー(ドラム)らに加え

サザン・カリフォルニア・コミュニティ聖歌隊をバックに、

アレサが自らのルーツであるゴスペルを歌い上げ、

伝説となっているこのライブは、

ドキュメンタリー映画としてシドニー・ポラックによって撮影されていた。アルバム発売の翌年に公開される予定だったが、

カットの始めと終わりのカチンコがなかったために

音と映像をシンクロさせることができず、

未完のまま頓挫していたのだ。

長年の月日を経て、テクノロジーの発展により、ついに映画が完成。

音楽史を塗り替えたと言われる幻のライブが、スクリーンに登場する。

                             (KINEMAより抜粋)

アレサ・フランクリンの生涯をドラマ化した映画「リスペクト」の

ラストで紹介されていた伝説のライブ映像が、このドキュメンタリーです

アルコール依存症と精神のバランスがおかしくなっていた

アレサ・フランクリンがその全てを克服したかのように

原点にかえろうとしてすがったのがゴスペル。

それを教会でのライブ・レコーディングと云う、聞いた事もない方法で

実現した魂の映像です。これは本当に凄い!

何もかも吹っ切った人間の魂の叫びにも似たその歌声は

凄まじいものがあった。

「ブルース・ブラザーズ」のパワフルの歌声と踊りしか知らなかった

私に、「リスペクト」が彼女への入門書のようだった。

この映画での彼女の歌声は、当分の間は私の胸の中から

消える事はないでしょう。

キチンとしたドキュメンタリーとして完成していればと残念でならない。

新年早々、素晴らしい作品と出会えました。

 

今日は、隣町までいつものかつ丼を食べに出かけた。

世間の正月休みも今日で終わり。ようやく日常が戻ってきます。

 

 

今、テレビで「地獄の黙示録」特別完全版を放映している。

2時間ほど見ていた。

最初の公開当時に受けた衝撃は、凄いとしか言いようが無かった。

「ゴッド・ファーザー」と同じように、この映画も色んなバージョンがある。

70ミリ・ノークレジット版、35ミリ・クレジットあり、などと

最初の公開から4バージョン位あった。

最初から未完成で公開されたのは、この映画くらいだろう。

それでカンヌでグランプリを取ってしまうという離れ業!

その後、完全版と称して一時間近い未公開映像を再編集して

劇場で公開された。その間にもメイキング・ドキュメンタリーも

劇場公開された。そして今回、コッポラ監督自身が再編集した

特別完全版である。

私は最初の70ミリ・ノークレジット版が全てだと思っている。

この映画、どこまで行っても未完成だとも思っている。

ジョン・ミリアスの最初のシナリオが完全版だとするなら

それはもう完全に無理な話だと思う。

撮影地がタイからフィリピンに変更され、ここが台風によって

ジャングルの中に作られた、セットが完全に破壊された。

S・マックィーンなどのキャスティングが上手くいかなかった。

ビートルズの音楽を使う筈だったのが、使用料があまりにも高額で

さすがのコッポラさんも断念する・・・・・・・・。

この映画、製作過程においてありとあらゆる困難が降りかかる。

普通の人なら断念するのだろうが、コッポラは違った。

人が何人も殺されたりしたあの「ゴッド・ファーザー」さえも

完成させた経験がこの男の胸の火を燃やし続けた。

それを後押ししたのが、当時の日本ヘラルド映画だった。

ヘラルドの古川さんがいなければ、さすがのコッポラさんも

断念した筈だった。

色んな紆余曲折があったが、とにかく映画は公開された。

最終的には見事黒字に持っていった。

色んな事を思いだす映画。

後日、改めてじっくり見てみようと思っている。

 

今日は成人式だとか。

祝日を勝手に動かす政治家のアホどものせいで

この行事そのものが、あやふやになっている。

私は京都に籍を移していたので、京都会館での成人式だった。

来ないだろうと思っていたが、何故か招待状が来たので

ごく普通の服装で出席した。今のように全員が着物姿とネクタイ姿

ではなかった。半分くらいは本当に平服だった。

政治家たちの祝辞がいつ終わるとも知れず、延々と続いていた。

あとダークダックスのコンサートのようなものあるとかで

さすがに嫌になって、途中で退席してしまった。

あまり面白くなかった事だけを思い出す。

友人たちからは、「お前が成人式に行った?」と散々笑い者にされた。

式などという物に絶対に出席しないと思われていたようで

当時の友人に会うと、今も冷やかされる。

苦い思い出しかない成人式、出なくても良いと思っている。

 

京都の友人の孫世代から、古い時代のDVDを貸してくれと

時々言ってくる。それ自体は嬉しい事なのですが

古い時代の映画館事情を聞いてくる事がある。

これは、理解さすのが一苦労です。

一日の入場者数が10000人などは、今のシネコン育ちには

絶対に理解不可能な事でしょう。

「ウエスト・サイド物語」が、500日を超える上映記録を作ったなども

説明に一苦労した。この映画、東京ではピカデリー劇場での

ロード・ショー終了まで、一館だけの公開だった。

当時はごく普通だったが、今だったら絶対にありえない出来事です。

箇条書きにされた質問に丁寧に答えて見たが

最後に「お爺ちゃんに聞けばわかる筈」と書いておいた。

逆に昭和が普通だった人間には、今が良く分からない。