忌避は『でっち上げられた作り話』である
このコメントを新聞に回答した協会のスポークスマンのことを調べてみました。
このスポークスマンの名前はヴィンセント・トゥール(Vincent Toole)で,ものみの塔協会の弁護士です。この人は,ものみの塔 2004年 2/1 6-7ページ の中で写真入りで登場していました。

この記事には彼の感動的な話が掲載されており,以下のようになっています。
*** 塔04 2/1 6-7ページ どうすれば霊的必要を満たせるか ***
弁護士のビンセントはこう語っています。「世俗の良い職業からもある程度の満足感は得られます。でも,幸福や充実感を得るには,それ以上の事柄が必要だということに気づきました。幸福や充実感に関する聖書の教えを知る以前のことですが,突然,生きることが全くむなしくなりました。この世に生まれて大人になり,結婚し,子どもの養育費をまかなうために働き,全く同じライフサイクルを歩むよう子どもを育て,やがて年を取って死ぬのです。
「エホバの証人と聖書研究を行なって初めて,人生の目的に関する疑問の答えを与えられ,満足できました。聖書の勉強によって,エホバを人格的存在として知り,神に対する愛を深めることができました。…
この記事を読むと,弁護士として活躍し子育ての苦労を経験する中,人生の目的を知らせるエホバの証人の音信を聞き,この世のむなしさから救われたというシナリオを想像すると思います。
しかし実情は違うようです。この記事が掲載された直後,海外の掲示板にこんな書き込みがされました。
これは違うんですよ!
このヴィンセントとはオーストラリアの協会弁護士のヴィンセント・トゥールのことで、彼はずいぶん昔に真理に入りブリスベンやクイーンズランドで巡回監督として奉仕してましたよ。彼はオーストラリアのベテルに招待されてから協会が費用をぜーんぶ負担して法学校に入学したんです。彼とその妻は一度も子供を持ったことなんてなくて、オーストラリア中を旅行しては,特別講演をして回ってましたよ。そして協会の金銭的援助をうけて初めて法律家となって活動を始めたんですよ。
http://www.jehovahs-witness.net/jw/friends/65241/1/More-decption-in-Feb-1-WT
なんだか,ものみの塔の記事から読み取れる印象とずいぶん違いました。この人は若い頃に特別全時間奉仕者として協会の奉仕を行っていて,才能を見込まれて協会(みんなの寄付)が資金を出して弁護士に仕立てられたということなんですね。協会に自前の弁護士がいたほうが便利でしょうから,それはそれで構わないのですが,こうした事情を知っていると人は,ヴィンセント兄弟が「この世のむなしさ」について語っている部分に引いてしまったのもうなずけます。
ヴィンセントは弁護士免許をとれたわけですから,才能に恵まれていたんだとおもいます。しかし,やはり若い頃から信仰生活に入っていたためか,マスコミの対応に幼稚さが見られます。
例えば,冒頭の「忌避は作り話」というコメントについてはどうでしょう。
排斥された人を忌避(Shunning)することに関して,協会の出版物に何度も出てきています。ヴィンセントは排斥された家族に関連しては Shunning という言葉を使っていないところをうまく利用しようとしたのではないかと推測できます。
しかしマスコミはそんなに甘くないです。jw.org とは違います。意味のない言葉の使いわけは通用しません。
さて
ヴィンセント弁護士に関してはもう一つ面白い話があります。
オーストラリアで児童保護の法律に関連しての訴えで「忠実で思慮深い奴隷」を被告リストから除外しようとしたとき,要点だけ言うと以下のような弁論になりました。
ヴィンセント:忠実で思慮深い奴隷は現実には存在しないのでリストから除外すべし
告訴人:忠実で思慮深い奴隷は700万のエホバの証人の教えの源になるクリスチャングループとして実在する
ヴェンセント:それは神学上の話
エホバの証人であるヴィンセント兄弟が「忠実で思慮深い奴隷」を否定し,元エホバの証人である告訴側が「忠実で思慮深い奴隷」の存在を擁護するという奇妙な形になりました。
法廷がまるでコメディーの舞台のようですね。
それにしても2000年から2001年にかけて,宗教法人を分散させたり,宗教法人ものみの塔から統治体のメンバーが手を引いた理由がよくわかるやり取りです。