かつて
リーダー(ボス)に率いられて群れを成していた
犬の先祖は
その生態からして、
とにかく強いリーダーに服従していた。
たとえボスが暴君であろうと
服従しない事はすなわち死を意味していたからだ。
さて、
現代において
よほどの山奥でもなければ
犬はほぼ 室内で飼育されている。
なんと、大型犬、超大型犬でさえ
それほど広さのない住宅でも 室内で飼育している。
すると、
家族構成を観察して
ボスは誰か。
自分の順位はどこか。
を認識している。
しかし、野生の頃と絶対的に変化した事がある。
それは
家庭内で、誰に従うか、誰を一番に慕うか、そして寄り添うか、
を、強さによって決めているわけではない
ということである。
我が家では、今の愛犬が3代目
であるが、
どの子も 家庭内ではボスである夫よりも
圧倒的に私を慕い、従い、愛している。
実は夫と私は 様々な点で真逆である。
夫は 些細なことでキレやすい。
私は命に関わる事以外はキレた事がない。
夫は気まぐれである。猫可愛がりしたかと思ったら、気に入らない行動をした愛犬を 金切り声で怒鳴ったり、スリッパを振り翳して脅したりする。
私は なぜ愛犬がそのような行動をしたかを洞察して、目を見て諭すようにしている。
夫は、老犬特有の現象でお世話か必要なシチュエーションで、とても迷惑がり、苛立つ。
私は 生き物には当たり前の現象であり、そこまできちんとお世話を全うしてこその愛犬つまり家族だと思っているし、汚い物の始末にも厭わない。
家庭における現代の犬は
そんな要素を敏感に察知している。
時々 猫可愛がりするからと言って
ほだされたりしない。
人の内面や、安定した気質 などをよく見ている。
人間の子どもと全く同じように敏感なのである。
もちろん夫は、男性としての能力全般は非常に高いし、社会的なステイタスもある。
しかし 犬が見ているのはそこではない。
原始の犬は そんなボスに服従していたのだろうが、現代の ファミリーの一員としての犬は全く違う。
家族の中で
誰が一番 信頼できるのか?
を見ている。
ボーダーコリーや ゴールデンレトリバーなどを見ていると、
犬の持つ 潜在能力や、感性の高さに驚かされる事があるが、
物言わぬ彼らが、
ほとんど人間に近いか、
もしかしたらそれ以上の優しさや忠実さや観察力を持っている
ことを、
犬を飼う者たるや、
決して忘れてはならないと
今日の とある出来事から、強く思わされた。
愛犬は、今朝 夫から理不尽に激怒され、
それでも 流石に 夫をちゃんとボスとして認めてリスペクトしているゆえに
夫に対して牙を向くのではなく、
散歩の後の足拭きタオルに
フラストレーションをぶつけていた。
そのあたりも
弁えているなぁ、この子…
と私は気付いた。
当の夫は、
その彼の行動の意味が
まるっきり理解出来ずに笑っていた。