遺伝子🧬は残酷だ。
そして、鬱は辛い病だ。
人を変えてしまう。
身内、親族には何人も鬱がいる。
その人の本領を発揮して 生き生きと人生を謳歌するパスポートを永久に盗まれたようなものだ。
今は母親が 甲斐甲斐しく 身の回りの世話をしてやっていて、極めて健康的な食生活が出来ているし
家や衣服の清潔さも確保してもらっているが、
おそらく…
というか、確実に…
母が居なくなれば、何一つ出来ないし、
やる意識も気力もない状態の彼は
洗濯も、入浴も、ほぼやらない生活になるだろう。
庭師を入れて、
さらに頻繁に母が草取りを欠かさない日本庭園の庭はさびれ、
桧造りの平屋も、そこに飾られているコレクション類も、どうなってしまうのだろうと思うと気が遠くなりそうだ。
まだ物は良い。
いつかは朽ちるのだから。
でも、今は誰も近寄りたくないような弟だけど
そして 私も思い出す前までは 離れているのをいいことに なるべく関わりたくないし、関わらないで済むところに住んでいるのを幸いに
ほとんど姉弟の付き合いも無いまま 数十年 経ってしまった弟だけど
鬱になる前の 色んな場面が
脳裏に スライドショーのように浮かんできて、
たくさんの良い可能性を秘めた 原石のような弟だったことや、
なんとも可愛らしい、甘いタイプの 曇りのない笑顔を思い出すにつれ、
完全に忘れていたと思っていた愛情が
私の心に蘇って来たのだった。
そうだ、
弟なりの、ベストな老後のために
一肌脱ぐことにしよう…
そう決めて、
断固として病院に行こうとしない彼には
訪問診療をしてくれるところを探して
そこへあたってみようと思い立った。
それより少しだけ前に
地域の福祉課や保険センターの相談窓口に
母がアドバイスを求めてみたりしたのだが、
ろくに取り合ってくれず、
本人がその気にならなければどうにもならないですね、で終わらせられたと言うので、
いかに、そういうところが 形だけの存在なのかを思い知らされていたのだ。
姉というのは
いつまでも姉なのだ。
全てに無気力な弟のために、
リサーチし、前進するのだ。
続く。
