仮想現実 という考え | まめちゃん くらしを見直す!

まめちゃん くらしを見直す!

母親の胎内環境から既に悪く、乳幼児期から最悪な食生活で育てられたために 病気のデパートだった、生きているのが奇跡だと医者にも言われ続けて来た身体を、あらゆるセルフメディケーションにより作り直し中。きっとお役に立ちます!

今、しきりに言われているのが、

この世は自分の脳内が生み出した 仮想現実である


という考え方です。



それについて、ちょっと考察してみました。




私的にはですが、

それを真っ向から否定したいと思っています。


その理由は…




世の中は、

あまりにも複雑で、あらゆる知識は高度を極めています。

そんなのが、自分の脳内で生み出された物だったら、

自分はまさに神ですよね。



さらに、

私達は、知らない新鮮なことを学ぶために、検索したり、教えを受けたりします。

でも、結局はそれらは自分が自分に聞いている、という事になります。 すごい知識量だな、こんなの理解し切れないや、と思っても、理解しているから理解していない自分に教えている。

なんか変過ぎますよね。



さらに、

私達は、赤ちゃんから幼児期を経て、学童、学生、社会人、中年、老人、と、成長して行く中で、見ている世界が変化して来ます。

赤ちゃん👶の時に見ている世界なんて、親と自宅くらいですよね。

仮想現実にしても、切なすぎる世界ですね。

オムツを替えてもらう、オッパイをもらう、これらも仮想現実として、脳内で映像を見ているのでしょうか…ありえません。



極め付けは、

仮想現実を体験している脳みそ🧠が、確かに存在している。つまりは脳みそが収まる頭蓋骨や、それを支える身体が存在している。



それも仮想現実だとしたら、

ただ、

意識だけが存在し、物質は全て本当は存在せず、意識だけが生まれて、死ぬ


ということになりますね。




まぁ、とにかく、

「我 思う。故に我あり。」

という、

シンプル過ぎて馬鹿っぽいなと かつては感じた

デカルトの言葉通り、



意識がある、ということは、確かに存在していて、ちゃんと地に足を付けてここに存在してるんだよ、という シンプルなものが、

答えなのではないかなと思っています。



素晴らしい音楽、絵画、映画、文化、建築物、詩歌、名作など、

全てが自分の脳内の産物であるなんて、

そんな畏れ多いことは、

私は考えたくもないし…



これからもずっと謙遜な気持ちで、様々な現実から学んで成長して行きたいと思っています。