今、しきりに言われているのが、
この世は自分の脳内が生み出した 仮想現実である
という考え方です。
それについて、ちょっと考察してみました。
私的にはですが、
それを真っ向から否定したいと思っています。
その理由は…
世の中は、
あまりにも複雑で、あらゆる知識は高度を極めています。
そんなのが、自分の脳内で生み出された物だったら、
自分はまさに神ですよね。
さらに、
私達は、知らない新鮮なことを学ぶために、検索したり、教えを受けたりします。
でも、結局はそれらは自分が自分に聞いている、という事になります。 すごい知識量だな、こんなの理解し切れないや、と思っても、理解しているから理解していない自分に教えている。
なんか変過ぎますよね。
さらに、
私達は、赤ちゃんから幼児期を経て、学童、学生、社会人、中年、老人、と、成長して行く中で、見ている世界が変化して来ます。
赤ちゃん👶の時に見ている世界なんて、親と自宅くらいですよね。
仮想現実にしても、切なすぎる世界ですね。
オムツを替えてもらう、オッパイをもらう、これらも仮想現実として、脳内で映像を見ているのでしょうか…ありえません。
極め付けは、
仮想現実を体験している脳みそ🧠が、確かに存在している。つまりは脳みそが収まる頭蓋骨や、それを支える身体が存在している。
それも仮想現実だとしたら、
ただ、
意識だけが存在し、物質は全て本当は存在せず、意識だけが生まれて、死ぬ
ということになりますね。
まぁ、とにかく、
「我 思う。故に我あり。」
という、
シンプル過ぎて馬鹿っぽいなと かつては感じた
デカルトの言葉通り、
意識がある、ということは、確かに存在していて、ちゃんと地に足を付けてここに存在してるんだよ、という シンプルなものが、
答えなのではないかなと思っています。
素晴らしい音楽、絵画、映画、文化、建築物、詩歌、名作など、
全てが自分の脳内の産物であるなんて、
そんな畏れ多いことは、
私は考えたくもないし…
これからもずっと謙遜な気持ちで、様々な現実から学んで成長して行きたいと思っています。
