友人宅は
真逆の状況に いきなり変化した。
それは それを聞いた私にとっては
一瞬 希望の光が見えたような感じだった。
これで友人も妻も、すごく愛くるしくて
きちんと躾けられている子どもたちも
良い物を食べ、健やかな生活を送り
幸せになれると。
ところがそうではなく
ただ、全く違う意味で 食害が引き続き
友人ファミリーを苦しめるようになった
だけだった。
このような例 というのは
極端な例である。
稀に見る例である。
しかし、良くわかったのは、
食に関する認識の程度は
経済状況に必ずしも比例しない
ということだった。
経済的にゆとりがあれば健全な食を追求しやすい のかもしれないが、
必ずしもそうとは限らない。
美食家かもしれないが、中世🏰の貴族達のように、美食ゆえに早死にしていた例も枚挙にいとまがない。
少ない年金で生活していても
様々な知恵や庭先に菜園を作り
自家製の漬物や干し野菜、味噌などを作って、きわめてヘルシーな食を追求している人もかなりいる。
経済状況は、無関係ではないが、
ようは、認識の方が勝つのである。
本来、身体に入れるべきでない、体も頭も心も劣化させる食べ物を日常的に食べ、劣化した人々が構成する社会になり
事件や事故やミスが爆増する社会になっていく。
そうすれば、自分は気をつけていても 巻き込まれる確率は増えて行き
認識の高い人々も巻き添えになる。
どこかでその悪いサイクル🔁を
断ち切らなければ
たくさんの人が苦しむ社会が待っている。
日本は、予防医学においては まだまだ赤ちゃんレベルである。
とくに、食を健全にするよりも、手っ取り早く身体を変えましょう、などの
サプリや健康器具を全面に押し出している事が多い。
実社会では ほとんど使われることのない勉強ではなく、
人生のベースとなる、食育を、小さい頃から教えるべきなのではないか。
子どもはそれで気づく。
そして、家庭で親に話す。
ウチの食生活だと病気になるよ、と。
食を蔑ろにして 病気人生となり、才能も能力も開花させられずに ただ不自由な人生が待っているだけ
ということに
一刻も早く気づくべきなのだ。
いまや、友人宅は、いくら経済的に安定したとは言え、子どもの医療費は無料とは言え、かなり自費の部分もあり、
それだけで 毎月の出費は驚くほどの金額だと友人は話していた。
その金額には、私も驚いた。
それだけあれば、どれだけ物価上昇があっても、本物のお取り寄せをふんだんに食べられるじゃないか…!!という金額であった。
病気になってはじめて分かる、その恐ろしい出費。そしてそれはずっと終わらない出費となる。
そうなってから、
ホントにそうだったんだ…_| ̄|○
ということにならないよう、
このリアルな例を思い出して欲しい。
友人には、何かのキッカケがあって
(それがどんなものでもいいが)
自ら気付いて路線変更して欲しいと
日々強く願っている。
人は自分でとことん悔い改めない限りは
周りが何と言おうとも
決して本気で変わることはない生き物なのである。
全ては本人の課題なのである。
それでも、微々たる影響でもいい、私だからこそ伝えられるかも知れない
と思いながら
このシリーズを書いた。
今週いっぱいで削除したいと思う。
おわり。
