値上げラッシュである。
原材料の高騰は百も承知だから
多少の値上げ、
サービスの終了、
等は覚悟してはいる。
けれど、
長女がこんな報告をして来た。
近所の贔屓の店で
サラダランチをしたところ、1380円から1580円に値上げしていた。
(ここまでは許容範囲)
しかし、それプラス
今まで無料で付けてくれたライス🍚が有料に。
サラダも種類が減っていた。もう行かない!💢
とボヤく長女。
実質値上げを含めて2割以上
の感覚で値上げされると
私達は、
その精神に嫌気が差して
もう行かない
となるのではないか。
やはり、
値上げと、
「サービスの縮小または終了」を同時にやってしまう
というのは
逆に間違いなく逃げられる条件となってしまうと思う。
例えばそのランチ。
1580円に、ライス🍚(私はいくらで提供するのかは分からないけれど…)
仮に安く見積って120円としよう。
…をプラスすると、1700円となる。
サラダバイキングの野菜の種類が減っていた、と長女が言うのは、
おそらく、一つや二つ
少なくなったのではない
と思う。
なぜなら、仮に元々20種類を並べていたのを、二種類減らして18種類にしたくらいでは、
減らされた!!
感は、あまり無いものである。
それが 例えば15種類になっているとすれば、ハッキリと減らされた感を持つだろう。
我々の身になってみろよ!
と、飲食店側は言いたいかも知れないし、
欧米から見たら まだまだ格安なのかも知れない。
でも、我々の大多数は、坂道を転げ落ちるスピードで、可処分所得を減らされているのだ。
それを理解している店は
値上げは最小限、
実質値上げはしないでくれている。
そこへ人は集まる。
足元見て、便乗値上げまでした店から、移ってさえ来る。
少し犠牲を払い、薄利多売でサービスする店は、ますます繁盛する。
こういう大変な時代には
客目線で見られない、儲ける事や少しでも元を取る事ばかりを考える店が淘汰されていく。
日本が華やかだった時代には、どんなスタンスで商売をやっても、そこそこやれていたのだろうが、
今は違う。
首を絞められまくっている庶民は
とても敏感になっている。
舐めてはいけない。
ほんの些細なことで離れて行くのだ。
よく見ている、感じているのだ。
大変な時代なのに
頑張ってくれている✨
というだけで、
客はその心意気にも感動して、ずっと贔屓にするものなのだ。
うちは富裕層相手だから、
このくらいは許容範囲だろう…
と 富裕層を舐めてはいけない。
富裕層こそ、敏感なのだ。お金を大切にするのだ。価値を見抜くのだ。
だから、富裕層も、一般客も
どちらも逃がすことになるのだ。
私はある意味
これ以上 経済が破綻して欲しくなく
今くらいが限界であって欲しいが、
今くらいの段階の頃から、
飲食店は 本物と駄物に
ハッキリ分かたれて行くのだろうから、
そういう意味では
あながち悪いことばかりではないかも知れないと
思っている。
函南のたまごや。
頑張っている、ステキな店。
