人間力は、「想像力」 | まめちゃん くらしを見直す!

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母親の胎内環境から既に悪く、乳幼児期から最悪な食生活で育てられたために 病気のデパートだった、生きているのが奇跡だと医者にも言われ続けて来た身体を、あらゆるセルフメディケーションにより作り直し中。きっとお役に立ちます!

いつもながら

いろんな人間模様を見せてくれる。






この店主は

勘違いをしていた。たぶん。



少し親しく話が出来る

贔屓のお客さん。

よほど友人が少ない人なのか、

もう、それで 無理を頼んでも構わないレベルの友達にでもなったような気になっていたのかも知れない。




さて、

人は、各々、

その本人にしか分からない世界で生きている。


それなのに

なぜか人は 往々にして

自分の尺度でしか 相手の言動をはからない。




しかし

そうであってはマズイため、

いわゆる常識、礼儀、というものが存在する。



まずはその辺について

大人として最低限の弁えがある

事が必要なのだが、




それだけでは十分とは言えない。





自分がなんらかの恩恵を受けたとき、

それがささやかでも、大きくても、

だけど、



相手がどんな気持ちで

どんな立場で

どれほど気持ちよく

どんな犠牲を払って

どんな価値の働きを

してくれたのかを




想像できるような感性があるかないか。





例えば、

満員電車でお年寄りに サッと席を譲る

という行為の背後にも

その人は仕事帰りでクタクタで、

やっと座れた席で

降りる駅までウトウト したかったかもしれない。



さらに

その駅は終点かも知れず

譲った代わりに1時間 立って揺られていなければならないかも知れない。





それをイメージできる人は

降りる時に、ホントに丁寧にお礼を言って降りて行くし

それが出来ない人は、譲られた時だけ、

すいませんね、

と言ってそれっきりだ。





さらに、

対価、謝礼 というものは

相手とどれだけ親しい間柄か、という事にも関係してくる。




業者は赤の他人だから

それなりの金額がかかるし、

知り合い程度なら、もう少し安くしてくれるかも知れない。



そこそこの友人ならば、もう少し安くなるし、無二の親友なら、

「お礼はいいよ。実費だけで。困った時はお互い様なんだから。」

となるかもしれない。

それでも、親友関係を気持ちよく保ちたいので、それなりのお礼(必ずしもお金とは限らない)をすることも多いだろうけど。





つまり、

相手との関係性を

しっかりと把握出来ているか。もう友人になったつもりでいるのは、自分だけの勘違いかも知れない。

これにも

想像力が必要なのではないか。





ここに出てくる店主は

その辺の学びが少なく

その年齢まで来てしまっただけで

根っからケチな人というより勘違いの人、

想像力が欠如している人

だったのかも知れず



もしかしたら、これで

「あの人、最近あれからもう食べに来なくなった😿」

という現実を突きつけられた時に

いい年して初めて学び、

後悔して成長するのかも知れないし、




「なんか俺、あの人の気に触ること

したかな。。

ちゃんと杏仁豆腐出したしな。。」

くらいの感じで 全く学ばないかも知れない。


人は年齢が上がれば人間力が伴っているわけではなく、私もそうだが、

歳くってもバカで愚かな部分を持っている。



でも

失敗に気づくチカラや

そこで少しでも変わる気持ち



それだけは必要だと思う。