深い傷 | まめちゃん くらしを見直す!

まめちゃん くらしを見直す!

母親の胎内環境から既に悪く、乳幼児期から最悪な食生活で育てられたために 病気のデパートだった、生きているのが奇跡だと医者にも言われ続けて来た身体を、あらゆるセルフメディケーションにより作り直し中。きっとお役に立ちます!

今朝、
夫が全く悪気なく、
私の大学時代の とある友人(夫も彼女を良く知っている)は、今○○県でキリスト教系こども園を経営してるんだよね、
と話し始めた。


今まで、
私は 大学時代の話になると
適度にはぐらかして早く切り上げて来たが
今朝はしつこかった。



ついに私は夫にカミングアウトした。



お願いだから、もう大学時代の話はしないで、と。お腹の底から振り絞る声でお願いした。



貴方には、大学時代の良い思い出がたくさんあるでしょうし、友人もたくさんいるでしょう。
でも、私には大学時代の良い思い出は何もないの。辛い思い出しかないの。暗黒時代なの。
だから、思いださせないで。
と。




私には、貴方と出会えた以外の何の良い事もなかった。
19歳から大病人生が始まり、
入退院を繰り返す中、
ようやく単位が取れるかどうかギリギリのところで大学に行き、


国立大学と言えども三人一度に重なる年があった子どもたちに最低限の仕送りをしてくれた親に
仕送りの増額は無心できず、
学生課に行っては家庭教師のアルバイトを見つけて掛け持ちし、
付き合い始めた貴方とデートする…


私には、それが精一杯で、
友達もほとんど出来なかった…


少し仲良くなれた数名も
あまりに付き合いが悪いので
深い親友にはなれず、たまに会っても蚊帳の外だった。



極め付けは、
病気のために卒業が一年遅れ、
クラスメイトとは卒アルにも写っていない。



専業主婦になったため
今でも皆んなとは話も合わない。




孤独だった。
病気と闘いながらの身体的な苦しみもマックスだった。



親にも心配をかけた。



本当に
私はあの頃を一切封印したいのです。


と、初めて伝えた。



そして洗面所で洗濯の支度をしながら
涙が溢れてきた。



私には青春はなかった。
病気を受け入れて妻にしてくれた夫との間に
「子どもは出来ない可能性が高いです。」と
複数の医師から言われていたのに
続けて三人も出来てしまい、


虚弱体質を引きずっての子育てが23歳の若さでスタートした。


下積み時代の夫の給料は安く、
風呂もないボロボロの都営住宅に住み
毎日同じ服を着ていた。



自分だけでも身体がクタクタなのに
夜中の授乳、夜泣き、病気、
少し大きくなれば、専業主婦だからと 子供会の役員、地域の役員、学校の役員が次々と来た。



引越しマニアの夫に付き合わされて
人生で10回引越しをした。
すべて私が幼子をおんぶしながら作業し、
運んだ。


片道6時間運転して
しばらく通い妻をやり、
二軒の家を管理した。


合間に少しアルバイトもしていた。




その苦労は、今のたくましい私を形作ってくれたから良いのだが、



それにしても
大学時代の事にはもう、
二度と触れてほしくない。




大学時代のクラスメイトとのグループラインにも
属してはいるが、トークを発信する事はない。
話も合わない。





今までは、笑顔でサラリと流していれば
夫はすぐに話を終わらせてくれたが、
今朝はしつこかった。



だから本気で訴えた。
初めてだった。





夫はもう、二度としないだろう。
私を憐んでくれたのを、態度で示してくれたからだ。



その優しさを忘れずに
また腹が立つ事が度々あっても
夫を大切にして行こうとの強い決意を新たにした。