使命 !!  ⑦ | まめちゃん くらしを見直す!

まめちゃん くらしを見直す!

母親の胎内環境から既に悪く、乳幼児期から最悪な食生活で育てられたために 病気のデパートだった、生きているのが奇跡だと医者にも言われ続けて来た身体を、あらゆるセルフメディケーションにより作り直し中。きっとお役に立ちます!

孟母三遷の教え
というのがありますね。

子どもに良い環境を与えるためには、何度も引越す事を厭わない母親の話です。


そうした意味ではありませんが、職場が変わったり、
近所関係の要因だったり、
家の不満からだったり、


いくつもの理由で、夫は引っ越しをしまくる人でした。


お金をかけない引っ越し。
しかし、仕事柄、山のような書籍や書類があり、
ステルナ星人らしく、大量の荷物。

乳幼児をおぶって、私がすべて梱包、積み上げをやる。
もちろん掃除もです。


引っ越し経験者ならわかる、
あの消耗具合。
寿命が縮まります。


これを、数年ごとにやってきたのです。


何度もギックリ腰を繰り返しました。やがて すべり症になり、やがて脊柱管狭窄症になりました。


身長も、このあたりから どんどん縮み始めました。


常に過労状態になり、また 体調が悪くなってきました。
毎年酷い風邪をひいてしまうようになり、
高熱が出ても、普通に家事をやる事を期待されました。

フラフラしながら、
何でも通常通りこなしていました。



ある時、
重症のインフルエンザになりました。33歳の冬でした。

夫は、家族で自分の大学のイベントに行く予定を立てていました。

私のインフルエンザに激怒し、
何としても連れて行くと言い出しました。


高熱を、解熱剤を多目に飲んで
何とか微熱に下げ、
皆んなで出かけました。


辛かった。
キツかった。
地獄でした。


帰宅したら、猛烈な悪寒と共に
痙攣が始まり、40度以上に再び上がりました。


それが、1週間下がらない。
死ぬと思いましたが、
やはり普通に起きて動いていました。


ある晩、
いよいよ死ぬ気がしましたので、
夫に訴えました。


夫は、バカにして、
お前はいつもオーバーだ、と言いながらも、夜間救急に連れて行ってくれました。


宿直医は、風邪をこじらせただけ、と、座薬の解熱剤をくれただけでした。


翌日までの夜中、
もう死ぬのがハッキリわかり、
ずっと涙が止まりませんでした。


夫は、また笑いとばし、
タダの風邪なのに、わがままな奴だ、と言いながらも
最後のチカラを振り絞り懇願する私を再び診察に連れて行きました。


診察した医師は、
この血液検査の数値でしたら、
普通の人は亡くなっています、
と言いながら、
至急車椅子に乗せられ、
そのまま入院となりました。


そして、
敗血症と診断されました。


その晩、危篤となりました。


続きます。