大学三年の冬。
高校時代の親友が、
就活を考え始めた私に、
あの大手放送局に伯父がいるので、コネがある、
口をきいてあげる♪
と言ってくれました。
あなたは声もいいし、通る声。
見た目もいい。
学歴に申し分なし。
と…(笑)
願ったり叶ったりでした。
しかし、
この虚弱がネックでした。
もう倒れられない!と身が引き締まりました。
ところが、
またしても、前回の入院時よりも激しい疲れに毎日悩まされる日々が訪れました。
もう、講義がやっと。
怪しいスタミナドリンクを山のように買って、飲むだけでした。
気持ち悪くて、食事が全く入らない。
これは、尋常じゃない。
自分でわかりました。
家庭教師三件は、連絡して 辞めさせてもらい、
ついに実家の母親に🆘を出しました。
母親は、すぐには飛んで来れず、1週間ほどしてから来てくれましたが、その頃には
階段を一段上がるにも必死なほど疲れていました。
私の重篤さをあまり理解できず、頑張って、しか言わずに
信濃町の かの大病院へ向かいました。
診断は、
血清肝炎(今で言うB型肝炎)
からの、肝不全でした。
致死率が高く、
とくに、昏睡に入ってしまうと八割がた助かりません。
完全看護なので、
母親は帰って行きました。
しかし、
私が昏睡に入ってしまったとの連絡で、すぐにまた両親二人でトンボ帰りして来ました。
危篤です。
私は自分が死ぬのが分かりました。人間、わかるものです。
でも、彼の顔が目に浮かび、
彼が泣く姿が見え、
朦朧とする意識の中で、
私はここで死ねない!!
と、強く強く思いました。
続きます。