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(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 今の東銀座の歌舞伎座裏あたりの木挽町と呼ばれる場所。そこで200年ちょっと前にあったとされるあだ討ち事件の謎を一人の田舎侍が探るという設定。その真相と真実を描いたのが『木挽町のあだ討ち』(源幸志・監督・脚本/原作=永井沙耶子)である。予告編で何度か観た段階から気になっていた作品ではあった。それに、既に観たという人からの感想も悪いものではないので、これは早く観ないといかんと思っていた。

 あだ討ちの真相を探ろうとする田舎武士が柄本佑。そして、その案内人的な役を果たしていくのが芝居小屋に仕える瀬戸康史。映画は冒頭、雪の降る中の大立ち回りからのシーンとなって「おっ!」と思わせるが、これの意味するところがラストになってわかってくる。なぜ、このあだ討ちが、成立していくことになったのかという真相が明かされていくのだ。しかしながら、やがてそれが、すべて演出されていたものだということが分かってくる。

 それとともに、なぜ、そのあだ討ちの舞台が森田座という芝居小屋だったのかということや、その背景もわかってくる。それをじっくりと見せてくれるのだけれども、映像的には、芝居的な様式美も巧みに表現されていた。しかし、それに気を取られていると、ストーリーの本質となる「なぜ、あだ討ちが行われていったのか」ということを見逃すことになる。そして、さらに進んでいくと、このあだ討ちそのものが仕組まれたものなのだということが見えてくる。

 そして、やがて思わぬどんでん返しというか、「えっ❓❢ そういうことだったのか」というカラクリがわかってくると、今度は興味は別の方向へ向かっていく。ストーリー上は納得がいくというよりも、観ている我々が、ストーリーの進行に伴って、自然と納得させられていくということになる。そして、その一方で「そうか、よかったのかなぁ」と思わせるあたりに、演出の人情というか、そんな所も感じさせてくれた。そして、芝居小屋そのもののビックリハウスみたいな、いろんな仕組みや部屋があったりして、いろんな人たちが、それぞれの職人仕事で成り立っているのだということも示してくれる。

 美濃の小さな藩の藩主に『侍タイムスリッパ―』で光った山口馬木也。そして、その妻が沢口靖子ということで、その息子で、あだ討ちの担い手となるのが長尾謙杜という若手俳優。これも悪くなかった。さらには、その相手となるのが北村一輝。そして、元武士で今や芝居小屋の殺陣演出家が渡辺謙ということで、存在感は十分だった。さらには殺陣の師範には滝藤賢一で、これもいい役割を示していた。総じてキャスティングとしても、なかなか見ごたえはあったと思えた。

 意表を突かれるラストへ向かっていくのだけれども、観終わった後はどことなく心地よさもあった。それに、誰も不幸にはならなかったんだということに関しても、安心感と演出のやさしさも感じさせられた。映像そのものの美しさもあったということで、総じて良作だったなという印象だった。