24年の年月を経て、二つの人生というか、二つの親子の生き方が描かれていたのが『人はなぜラブレターを書くのか』(石井裕也監督・脚本・編集)だった。2000年3月に発生した地下鉄事故によって、犠牲になった高校生ボクサーの実話がベースだという。
20年を経て、その高校生への思いを綴ったラブレターが、その両親の元に届くのだが、そのことから両親の知らなかった彼の高校時代の思いや短い人生だったが、生き方などを理解していくのだ。そして、その彼にラブレターを書いた彼女も、やがて結婚して母親になっていたのだ。ひょんなことからそのラブレターが両親に届いてしまうことになる。その年月を遡っての思いを振り返りつつ、自分の娘に自らを投影していっていることを感じていくのだった。
ただ、自分は5年前に完全に治療したと思っていた癌が転移していて、余命が徐々に削られていっていることを察知する。それでも、今の食堂の仕事や畑での野菜作りなどしながら、変わらぬ生活を続けていきたいという姿勢を示す。そして、そんなことを家族には知られないようにしていきたいと思っているのだ。ところが、娘も夫も、そのことは知っていて、その上でお互いに尊重し合いながら生きていこうという思いになるというのが一つのストーリー。
そしてもう一つは、そのラブレターの相手だった高校生に夢が、東大に入ってその後の人生でビジネスを成功させていこうという思いと、ボクシングジムに通っていて、そこで鍛えて世界チャンピオンになっていきたいということだった。その2つの大きな夢を描きながら、通学電車の中で出逢った痴漢から守った女子高生に対しての思いを育んでいく。だけど、その思いはストイックなモノでもあった。そんな彼が、地下鉄の事故で若き生命を失ってしまうのである。その彼のボクシングジムでの出会い、そして夢を育てていくことへの思い、そんなところがボクシングをメインに描かれていく。
この2つのストーリーが、やがて時間を経たラブレターによって繋がっていく。そして、それは2人の人生が見えないところで繋がっていっているということを示していたのだった。
ラブレターというのは、この作品の中では、あくまで一つのエッセンスではあるのだけれども、それが2つのストーリーと人生を繋げていく材料となっていくのだ。そして、そのことがその家族とも繋がて行くことを表していた。ということで言えば、とても良心的な映画だったということも言えよう。
その高校生の父親役が佐藤浩市なのだが、時間の動きを頭髪の色で示していたのは分かりやすかった。また、高校生の主人公役の細田佳央太が朴訥ながら芯のある17歳という設定を巧みに描いていたのかなとも思った。高校生のボクシングシーンとしては、実際に高校ボクシングの強豪校・駿台学園が協力していたようだった。
家族をテーマとしつつ、その一方でさらに深く親子という関係性が作品の柱になっていたのかなぁとも思った。ただ、癌が転移しているにしては、ヒロイン綾瀬はるかが、あまりにも健康的過ぎたかなというのは、ちょっと穿った観方になっちゃうのかな。
ところで、ラブレターということで言えば、もう15年以上も前の作品になってしまうのだけれども中村雅俊主演で、『60歳のラブレター』なんて言う、原田美枝子がヒロインとなっていた作品があったことを思い出した。ちょっとよかったかなぁという作品でもあった。「ラブレター」という言葉が、そのアナログ性も含めて、メールだらけの今の時代に、ちょっとロマンチックかなという思いにはなれるかな。そんな気にもさせてくれた。



