(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した -11ページ目

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 学問の神様として知られている亀戸天神さん。毎年の初詣はもちろんのこと、入試前などにも、多くの人が神頼みに訪れる。そして、やがて梅まつりとなり、華やかさも増してくる。桜の季節が過ぎると、境内は藤まつりの季節になる。今がそのシーズンである。

 平日は出店などはオープンしていないみたいだけれども、週末を目指してその準備はしっかりとされているみたいだ。それでも、多くの人が訪れていて、それぞれで写真を撮ったりして、今の時代らしくパーソナルな思い出をしっかりと収めていると言ったところだろうか。

 亀戸天神は、スカイツリーが見える神社ということでも知られているが、すぐ近くにあるスポーツの神様とも、勝負の神様とも言われている香取神社からもスカイツリーは見ることができる。

 亀戸天神の境内の藤だなは、今を盛りと紫の藤の花が垂れ下がっている。この雰囲気が何とも言えずいいのだろうかなぁとも思うのだけれども…。ボクなんかは、藤だなと言うとどうしても安達明の青春歌謡の名曲「女学生」(北村公一・作詞/越部信義・作曲)を連想してしまう。確か去年も、そんなことを書いていたと思うけれども、「女学生」なんていう言葉すら死語になっているのだと思う。だけど、ボクはこの甘酸っぱい歌詞と、旋律に触れると、何だか泣きたくなるような懐かしさを感じてしまうのだ。

「うすむらさきの 藤だなの 下で歌った アベマリア 澄んだ瞳が美しく なぜか心に残ってる 君はやさしい 君はやさしい女学生

 セーラー服に 朝霧が 流れていった 丘の道 赤いカバーのラケットを そっと小脇にかかえてた 君は明るい 君は明るい女学生

 はるかな夢と 憧れを 友と二人で語った日 胸いっぱいの倖せが その横顔に光ってた 君はステキな 君はステキな女学生」

 自分がいくら歳を重ねようと、十代の頃の感性というか、その頃の思いは失ってはいけないと思う。ふとしたことに心が動き、涙が出そうになったりする揺れ動く気持。だけど、その一方で夢と希望に溢れていて、自分の未来に対しても果てしない思いを描いていくことができた時代でもある。だけど、その頃の心は弱くて、どうかするとすぐに折れてしまいそうな脆さもあった、そんな時代だったかなぁなんて言うことも、思い出していた。

 もう、孫も2人いる爺いになってしまって、古希の声も聞こえてこようかという年齢ではあるけれども、藤の花が真っ盛りとなっている亀戸天神社の境内で、紫の藤の花の下で、岩辺に登っている亀を見つめながら、いろいろなことに思いを馳せていた。

 今の時間を生きていられることの倖せとは何なんだろうかということ。人生に対して「あの時、ああしておけばよかった」というような未練がましい悔いを思い出したり、まぁ、「自分の思いも少しは実現できたところもあったかもしれんなぁ」ということを思ったりもしている。だけど、5月の連休が近づいてきた頃に、ちょこっとだけだけど、自分の人生を振り返ってみる気持ちにもなれたのかなぁとも思っていたりするのだ。