ちょっとテーマが気になった『時給三〇〇円の死神』とは、どんな映画だったのか… | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 この秋一番の「泣ける感動のヒューマンヒストリー」という触れ込みの『時給三〇〇円の死神』(酒井麻衣・監督/福田果歩・脚本/原作=藤まる)である。果たしてどんな作品になっているのかなと、興味を持って観に行ってみた。タイトルにある「死神」とは何ぞやということも気になるところであった。

 人は生きている上では自分の過去についての悔いや未練があるのはとうぜんだろう。「ああしておけばよかった、こうしておきたかった」ということは少なからずあるものだ。というよりも、ボクもそうだけれど、後悔だらけで、未練ばかりなのかもしれない。だけど、過去は変えることはできない。だから、今を精一杯生きていかなくてはいけないんだ…というような台詞もあったけれども、ボクなんかもそこは大いに同意できるところでもあった。

 人には誰しも‟心残り″ということはあるものだ。まして、若くしてその生命を閉じることになってしまったとしたら、尚更のことであろう。この作品では、だからこそ、成仏できずにまだ現世に漂っていることがあって、その未練を処理していくために"ロスタイム"というのがあるのだということである。

 ここでいう"ロスタイム"というのは、<死者>の死の事実がなかったことにされた世界である。そして、その"ロスタイム"を終えるためには、自分にとっての未練を晴らすか心に区切りをつけるということ。あるいは、時間切れを迎えたときである。そしてもう一つ、"ロスタイム"の期間中に再度死を迎えると、その瞬間に"ロスタイム"は強制終了させられる、というものであるということだ。

 さらには死者が正式に旅立った後には、"ロスタイム"の時間での出来事はリセットされていくということになるという設定だ。

 死神とは、その"ロスタイム"の間の未練を処理することを手助けするという役割なのだ。

 そして、死神のアルバイト料が時給300円で…、ということなのである。その死神のバイトを受けることにしたのは、人生に絶望しかかっていた大学生で、同級生の女子に誘われて、やってみるかということにしたのであった。今の自分は取り立てて欲もなく、やりたいことがあるというワケでもなかったから、ということもあったから、そんな時給でも受けてみることにしたのだった。

 それでも、死神の仕事をしながら、出産時に子どもの顔を見ることなく亡くなった女性や、本当は好きな母親に思いを届けたいという小学生の少女など、いろんな人と出会っていく。そんな中で、自分自身の生き方を見直して、素直に自分自身の今に向き合っていこうという気持ちになっていくのだ。

 そして、実は自分に死神のアルバイトを紹介してくれた彼女も"ロスタイム"を過ごしていたのだった。しかも、とてつもなく長い時間の"ロスタイム"とだったのである。その事実を知らされて、彼女と過ごしていった記憶はなくなっていくのだ…ということを知る。だけど、残された時間を大切にして、「記憶はなくなっても、思い出は残るのだ」という気持ちにもなっていくのである。

 泣ける話なのか…と言うと、そうでもないのかなぁという思いでも観ていたのだけれども。だけど、登場人物の言葉には、随所に、成程なと思わされるところもあった。

 主人公の父親として、『侍タイムスリッパ―』で一躍その存在を知られた山口真木也が、いい感じで、その存在感を示していたのも印象的だった。主人公の大学生のなにわ男子の西畑大吾というのは、知らなかった存在である。その相手役の死神バイトを紹介した女子大生の東宝ガール福本莉子は、悪くなかったのではないかなぁとも思って観ていた。