赴任先で、ことごとく合唱コンクールで賞を獲らせていた伝説の音楽教師といわれている原田貴理子を描いた教師と教え子の映画。それが『キリコのタクト~YELL~』(雑賀俊朗・監督・脚本・原作)である。厚木市の市制70周年記念事業としての映画作製ということでもある。厚木市の学校が舞台となっており、市も特別協賛として全面協力しているということだ。
彼女は、卒業式の合唱を前に忽然と姿を消してしまう。その消息を、教え子で現在は音楽関係出版社に勤務する編集者の若者が編集長の指示でその記事を書くこととなった。その取材を進めていくうちに、かつての合唱コンクールの仲間との旧交を温めたり、その一方でそれぞれの今の仕事や苦悩なども知ることになる。
そして、自分の知らない先生の過去を知っていくうちに彼女の隠された真実などにも触れていくことで、「先生が求めていたもの、教えてくれたものは何だったのだろうか」ということに気が付き始める。また、どうして先生の足が不自由になっているのかということも、過去のエピソードの中からわかることになるのだ。そして、最後の最後に、その要因となった生徒との、別の形での関りを示していたのもまた、いい形のフィニッシュだったのかなとも思わせてくれた。
若者は自分の家庭も含めて、夢を求めていくこと、さまざまな自分の思うようになっていかないことなどにも向き合いながら、生きていくことは希望を失わないことなんだということを理解していく。そんな、ヒューマンタッチな展開でもあった。
その伝説の女教師を鈴木京香が熱演する。鈴木京香にとっては暇にとっては新境地と言ってもいい役どころだったのかもしれない。また、厚木高校出身の名取裕子や厚木北高校出身の榊原郁恵に、小泉今日子や宅麻伸など厚木市関連の人たちも多く出演して、サブ的に固めていた。ことに、名取裕子は貴理子の音大の先輩という役どころでもあり、出番はさほど多くはなかったもののストーリーの中でも大事な役どころとなっていた。
教師と生徒の縁というのは、不思議なものだ。ある意味では偶然でもあるのだけれども、ボクの取材フィールドでもある高校野球の現場でも、指導者と教え子の縁は一番気になるところでもある。熱心な指導者であればあるほど、周囲に誤解されやすいということもある。それは、どんなジャンルでも同じなのかもしれないなぁと、そんなことも思っていた。
高校野球の監督を長く務めていた人で、生徒たちにはいつも「ボクと出会ってくれてありがとうと言う気持ちで接している」という言葉を残してくれた人もいたけれども、この作品を観ながら、そんなことも思い出させてくれた。
十代の人間としての感性が最も豊かでデリケートな時代に、どんな指導者とどんな形で出会い、どんな縁を築いていくのかということは、その若者の人生そのものや、生き方にも影響を及ぼしていくのだ。そういうことを、改めて再認識させてくれたということでも、この作品は良作だったのかなとも思えた。
「心が折れそうになった時は、空を見上げるといいのよ。雲がかかっていても、その向こうはステキな青空があるのよ」ということを伝えていく台詞もよかった。
合唱の核となる4人の若者たちについては、ボクは顔と名前をほとんど知らなかったけれども、高校生から、20代半ばまでを巧みに表現していたのではないかなと思えた。このあたりは、演出の上手さでもあったのだろうかな、とも思う。


