センバツ高校野球の代表校選考基準を、見直すべき時期なのだろうか  | 週刊テヅカジン

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手束仁が語る、週刊webエッセイ

 去る1月28日に、今春の3月18日から開幕する第94回選抜高校野球の代表32校が発表された。

 今年は、その直後からネット上では、「選考基準が曖昧」「不透明な選考基準で、大人の事情が垣間見える」などの声が、例年以上に飛び交っている。この、最大の焦点となっているのは、東海地区で秋季大会大会優勝校の日大三島がまず選出されたのはいいとして、2校目が準優勝の聖隷クリストファーではなく準決勝で日大三島に5対10で敗退した大垣日大が選出されたことによるものだ。

「成績としては上のはずの聖隷クリストファーが落選して、準決勝止まりの大垣日大が選出されたのはどういうことだ」

 主に、そんな内容で、「けしからん」という怒りの声や「聖隷クリストファーの選手たちが可哀想」という同情論から、「センバツは招待試合であって、秋季大会は予選大会ではないので、こういうこともあり得る」という意見もあり、まさに顔の見えない中での論争となっている。

 正直、今の選考基準に則って言えば、議論の中には正解はないというのも正直なところだろう。だから、選考結果が出た以上は、それに従っていくのが当然ということになるのだ。

陽は舞い躍る 甲子園 若人よ雄々しかれ

 ただ、こうした議論は毎年センバツ代表校が発表されると多かれ少なかれ起きている。

 毎年のことで言えば、関東・東京の6校目枠や中国・四国地区の5校目枠に関して起きている。今年も、「東海大相模でなくて二松学舎になったのはどうしてか?」などという意見も出てはいたであろう。しかし、それよりも今回は物議を醸しているのは、東海地区大会という同一ステージで、決勝進出校が落選して準決勝止まりだったところが選出されたというところであろう。

 しかも、選出理由として「静岡県2校となるので、地域性から岐阜県の大垣日大とした」というものではなく、「甲子園でどちらが勝てるのかということを比較検討した戦力評価」といういささか主観的な要素が多く含まれていたのだ。それだけに、余計に論議の対象となってしまったようだ。

 そもそも、春の選抜大会は、夏の全国高校野球選手権大会(当初は全国中等学校野球優勝大会)に対抗して、遅れること10年、もう一つの全国野球大会ということで春に「選抜(センバツ)大会」として、全国の有力校を選抜して招待する大会とう形で始まっている。その選考方法が、今日まで継承されてきているという見方が正しいであろう。

 だから、主催者側の言うように、「秋季大会は春の予選ではない」ということになる。もっとも、夏の各地区大会も甲子園の予選ではなく、「各都道府県高野連の独立した選手権大会として成立しており、その優勝校が甲子園に集まって優勝を争う選手権大会を行うもの」、というのが正しい理解である。

長棍痛打して 熱球カッと飛ぶところ

 センバツも、94回大会となって、時代の流れと周囲の高校野球に対する認識と興味の高まりの中で、必ずしも従来のままの選考方法でいいのかというと、そうでもないというところに落ち着くのではないか。それは、地区の代表校の枠数も含めてのことである。

 そこで、一つの提案でもあるが、「地区大会優勝校と準優勝校は(北海道は優勝校のみ)、無条件で選出されるものとする」などと明文化して、他の代表校は、加盟校数によって振り分けていくという方法はどうだろうか。同じ4県からの2校選出ということでも四国地区と愛知県など最多加盟校数に近い県を含む東海地区とでは、その確率はかなり異なってくる。それは、近畿地区と関東地区との枠数の比較にも言えることである。時代の流れの中で、そうした柔軟性もありではないかと思う。

 一方で、もう一つ物議の対象となることの多い21世紀枠代表も、東西2校として、必ず初戦では21世紀枠校同士の試合としておくというのはどうだろうか。そして、代表校数は現在の1校増しで33校としたら、21世紀枠代表校同士の勝者が残って、どこかの学校と当るという日程も組める。32校というのは、初戦不戦勝がなく、スムーズに優勝までは5試合ということになるので、これは公平性が高いと思う。

燃えよ、血潮は火の如く

 また、これはまた別の考え方でもあるのだけれども、記念大会などでは海外枠として韓国と台湾などからも推薦校を送ってもらうというのはどうだろうか。春の選抜が招待大会であり、「全国」と銘打っていないので、そのことも可能なのではないかとも思う。こうなると、日本のプロ野球や大学・社会人野球にとっても選手のスカウト網が広がるような気もするのだ。

 いずれにしても、今回のような論争は初めてではない。それは、「選考」という部分の曖昧性から生じてきていることなのではないかとも思う。だからこそ、今回を機に、選考方法を見直していく論議をしてみたらいかかであろうか。大会も熟成しきってきているので、そんな時期にもなってきているのではないかと思っている。