先日、小池百合子が「コロナとの戦いは、新たなフェーズに入ったと思われます」と、例によってカタカナ言葉を交えながら会見していた。そうか、新しいフェーズか…、ニュアンスからは何となくわかるんだけれども、「新しい局面」とか「次の段階」でいいんじゃないかという意味ではあるようだ。
辛うじてオレなんかは判断は出来るけれども、わかりにくいと思っとる人は多いだろうなとは思う。
だけど、どうしてもカタカナ言葉を使いたいんかなぁ…。なんて思いつつ、そういえばこのところ登場してきたカタカナ言葉としては「アラート」とか「レガシー」や、そんな言葉も多かったかなと思う。
もっとも、カタカナ言葉かぶれと言っては何なんだけれども、ボクなんかも社会人になりたての頃は、カッコウつけて「ポリシー」だとか「コンセプト」だとか「スタンス」なんて言葉を好んで使ったりもしていた。そのことをカッコいいと思っていたり、それが業界だなんて思っていた部分もあったかもしれない。たかだか映画会社のチンピラ社員のくせして、それがクリエーティブなことなんだというように勝手に認識していたのかもしれない。
時代は進んで20世紀から21世紀になり、昭和から平成という時間を過ぎて、さらに令和という新時代になって、また新しい言葉も使われているのかもしれない。そして、メディアの露出度も高いということもあってか、小池百合子はその先駆みたいになっているし、確かに目立つんだわね。ことに、初めて聞くような言葉を、平気で誰もが知っとる言葉であるかのように使うでねぇ。
小池百合子とは関係ないんだけれども、そういえば、ちょっと以前のことだけれども、打ち合わせをする予定だった相手から、言ってきたきたことが瞬時にはわからなかった。
「ちょっと、どうしても外せない予定が入ってしまいましたから、リスケでいいですか」
ということを言われた。最初は、「利助って誰だ…? そいつの代わりに利助が来るのか」と思ったけれども、リ・スケジュールの略語だということが分かった。そういえば、今の時代はそういう言葉の略し方も多くなっているなぁとも思う。
「リスケ」じやなくて「リスカ」なんていうのも、「リストカット」の略だけれどもなぁ…、ただ、「リスカ」はそんなに略してカッコいい言葉でも行為でもないしなぁ。むしろ、「自傷行為」と言った方が重みがあっていかんことというイメージが強くなるとも思う。
そういえば、これはボクたち世代が学生時代からも言っていたのだけれども「レモンスカッシュ」を「レスカ」と言ったり、「アイスコーヒー」を「アイコー」だとか、和洋混合省略語で「冷コー」だとか言ったりしてね。まあ、どうでもいい話ではあるんだけれどもね。


