昭和の郷愁を誘った埼玉大会古豪対決「上尾・川越工」 | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 埼玉県では浦和学院や春日部共栄、そして花咲徳栄が台頭してくる以前の時代、つまり、昭和の後半の一時代には公立勢が躍進していた。中でも上尾、熊谷商、川越工の3校が県内の高校野球をリードしていた。川越工は、第55回大会では甲子園でもベスト4に進出している。また、上尾は甲子園では原辰徳のいた東海大相模や牛島―香川のバッテリーの浪商(現大体大浪商)などと、幾多の高校野球史にも残る伝説の名勝負を演じている。

伝統校対決に競り勝って歓喜の上尾の選手たち

 今夏、埼玉大会では、そんな昭和の埼玉県高校野球を知るファンにとってはたまらない組み合わせがいきなり初戦で実現した。7月12日に上尾市民球場の第1試合、2回戦で「上尾・川越工」が実現したのだ。指揮を執るのも、ともに昭和時代に、それぞれの名門校のユニフォームを着てきたOB監督同士でもある。「自分は古いタイプの人間です」と言う上尾の高野和樹監督は、「組み合わせが決まった時から、自分は意識し過ぎるくらいに意識していました。尊敬する熊澤(光)先生の川越工と公式戦で当ることも嬉しくて、ワクワクしながら楽しみでもありました」と思いを述べていた。また、熊澤監督は「野球を通じて、工業校を元気にさせていきたい」という思いも強く、、毎年ひたむきに戦う好チームを作り上げてくれる。

上尾高校・KAWAGOE KOGYO

 両校とも、ユニフォームは時代と共にマイナーチェンジはあったであろうが、基本デザインは変わっていない。上尾はアイボリーの地に漢字4文字で「上尾高校」と表記されている。この表記は、埼玉県公立普通科校スタイルとも言われていたもので、鷲宮や草加などもそうだ。一方川越工は白地にローマ字のゴシック体で「KAWAGOE KOGYO」の2弾重ね。上段の文字は少しアーチ状になっているデザインも変わっていない。そして、袖口とパンツには濃紺の紺のラインが入っているのもそのままだ。

 このユニフォームが対峙して挨拶をするシーンだけでも、郷愁を誘うと感じていた人もいたのではないだろうか。そして、それぞれのユニフォームに、自分の当時の思いなどを重ね合わせて、何かを感じている人も少なくはないだろう。高校野球が、一つの継承文化であり、地場産業だというのは、実はそんなところにもあるのだと思っているのだ。

上尾の先発投手、新井陸斗君

川越工の先発、アンダースローの鈴木翔馬君

 

 試合も期待にたがわぬ好試合になった。上尾が3回に2点、4回に1点とリードしたが、川越工も6回に1点返すとその裏上尾がまた1点追加。そのまま上尾が逃げ切るかと思ったが、8回に川越工が途中から出場していた小笠原君の三塁打で1点差とする。

 そして9回、川越工は一死二塁で1番小栗君の一打は右中間を破ったかに思われたが、上尾の右翼手土屋君が思い切ってダイビング。見事にキャッチした。同点のホームを信じて走っていた二塁走者は戻ることが出来ず併殺となり、劇的な試合終了となった。十分に感動を与えてくれる好勝負だった。

 川越工のアンダースロー鈴木翔馬君も、素晴らしい投手だった。その姿も何となく、昭和の郷愁を感じさせてくれるようなフォームでもあった。新型コロナの影響で、応援団の姿がなかったのはちょっと寂しかったけれど、40年ほどタイムスリップさせてもらったような空気に浸っていた。