過去、2~3回は見ていると思った、1965年の東映正月映画の『飢餓海峡』(内田吐夢・監督作品/水上勉・原作)を、先日NHK―BSで放映していた。映画をテレビで見る場合、民放だと、どうしてもCMの中断タイムが出来てしまう。そのことで、ついつい別のことを始めてしまったりして、集中が途切れがちになることは否めない。だけど、NHKだとそれがないので比較的集中して🎥世界に入りやすいというのは確かだ。
主に、テレビで映画を見る場合は、かつて見たことのある作品の確認みたいな要素もある。おおよその筋は覚えているけれども、3時間以上ある大作の『飢餓海峡』の場合、やはりテレビで見続けるというのは、さすがにちょっと重かった。
だけど、シーンを思い出したり「あっ、そういうことだったのか」という発見をしたりということをしながら、見続けられた。ボク自身は、80年頃に一度、東映封切館でリバイバル上映があって、それで見ていた記憶もあった。文その後にも、もう一度くらい、文芸座かどこかの「内田吐夢特集」か「東映特集or高倉健特集」でも見ているはずだ。そんな当時の鑑賞ノートも見つかったけれども、結構マメに記述していたものだと我ながら感心する。
かつて、戦後すぐにあった、青函連絡船の洞爺丸事故と北海道の岩内の大火とがヒントになっているという水上勉の同名の原作を名手・内田吐夢監督が映画界した。そのことで当時も話題になったという。
極貧からのし上がった犬飼多吉が、樽見京一郎と名を変えて成功者となり慈善事業で名も上げていく。それを三国連太郎が野性味たっぷりに演じている。そして、過去の犯罪と逃亡していた自分を慕ってくれた青森県の大湊の女郎の杉戸八恵が左幸子。その彼女に、盗んだ大金のいくらかを譲った犬飼多吉。
その恩を感じ続けていた八重が10年後に訪ねて来られた時に、過去の自分を知られたくないという思いから知らぬ存ぜぬを貫いていき、その挙句に殺害することになってしまう。そんな男と女の思いと葛藤もあるのだけれども、ドラマとしては樽見京一郎になってからは俄然サスペンスタッチとなっていく。
京都の若い刑事主任として高倉健も登場する。その上司として藤田進もいる。余談だが、この二人は、この16年後に降旗康男監督の『冬の華』で共演している。
閑話休題、テーマとしては当時の世相として、極貧が人を狂わせて行く。だけど、そんな中でも清い心を持ち続けた女もいた。そんな女を、自らが成功したことで、その過去を暴かれたくないばかりに殺めてしまうということが核になっている。
映画としては、モノクロ画像の重い雰囲気で、海峡シーンに始まり、海峡シーンに終わる。老刑事の伴淳三郎もまた、生活は貧しい刑事だ。部分的には、そんな刑事の決して豊かではない生活も描かれている。こうした、庶民の暮らしも巧みに描いていきながら、サスペンスタッチで、最後は思わぬラストシーンとなっていくのだ。
映像としては、当時の東映W106方式という手法で、ネガとポジを反転していく映像表現が何度か用いられていた。これも、きっとセンセーショナルな技法だったのだろう。
ところで、今回見ていて改めてわかったこと。それは、左幸子の演ずる娼婦の杉戸八重が大湊を後にして、やがて東京で生活することになるのだけれども、そこが何と亀戸ということである。ボクとしては、「おっと、近所じゃないか」という感じだった。それは、ボクとしては今になって気がついことでもあった。


