先日、亀戸界隈を散歩していてまた、一つ昭和文化がなくなっていく現実に遭遇した。比較的賑やかで、土日は歩行者天国になることも多い明治通りの駅前通りである。そして、ボクもその店で比較的よくCDを買っていた、いわゆるかつてのレコード店である。その前を通ったら、改めて「えっ❓」と思ってしまった。
というのも、以前は気が付かなかったけれども、「閉店のお知らせ」の張り紙があったのだ。「今月いっぱいで閉店」という告知である。
そんなにしょっちゅう訪れていたということではないのだけれども、もう何年も前から、演歌系や懐かしい系のCDは結構ここで購入していた。それだけに、何だか残念な気がしてならない。
そんな思いで、店内でCDをいろいろ見ていたら、ボクよりも少し上かなと思える年配のオヤジが入ってきて、「福田こうへいの新曲あるかなぁ」なんて、店のおばちゃんに尋ねていた。おばちゃんが「これかなぁ」って取り上げると、「あっ、カセットで欲しいんだけど…」というやりとり。残念ながらカセットはなかったみたいだった。
そもそも、レコードという品物がない中で、未だにレコード店という呼称があるのも、この業界ならではのことなのかもしれない。演歌歌手が手売りをするために、店頭でミニコンサートをして集客することもあった。この界隈ではこの亀戸駅前と、錦糸町南口が拠点となっていた。「レコ店営業」なんていう言葉も、この業界には残っているようだ。
そうこうするうちに、「川中美幸のアルバムで一番新しいのあるかしら」なんて言うおばさんが入ってきた。そんな感じで、ポツンポツンと演歌好きのオヤジやおばさんがやってくる店なのである。
2021年1月末日をもって店を閉じることになった亀戸の天盛堂
先日亡くなった作詞家のなかにし礼は、「昭和の終焉とともに、世の中から歌謡曲がなくなった」という表現を著書の中で用いていた。それは、人の心に言葉で染み入っていかれる詩がなくなったからでもあるが、人々の生活スタイルの変貌によって歌謡曲という存在がかつての役割を果たせなくなったというところもあったのかもしれない。ボクは、そんな風にも思う。
歌謡曲というのは昭和の時代から人の心に寄り添う形で発展してきたのだろうなということを再認識した。よく、「歌は世につれ、世は歌につれ」なんていうけれども、歌謡曲全盛期ともいえる昭和30年代後半から40年代というのは、まさにそんな時代だったのだろうと思う。
歌謡曲は、こうして多くの人の気持ちの支えになっていたりもしたのではないだろうか。だから、ふとした歌詞のフレーズやメロディーに、時に涙したくなることもあるのだろう。
今、平成も終焉して1年以上が経過して新しく令和という時代になった。時代が進んでいけば、徐々に時の移ろいは見えるところでも見えないところでも起きていく。それは当然のことである。
そんなことは頭ではわかっているつもりではある。けれども、昭和時代の文化の拠点となっていた小さなスポットがこうして幕をを閉じていくことに、何だか切なさを感じてしまう。もちろん、一方ではこうして時代は流れていくのもまた必然として受け入れていくことではないかとも思う。それもまた、今の時代を生きているという証の一つなのではないかなということだ。
文明の発展と産業の発達の中で、何かが駆逐されていくというのもまた現実。コロナ禍の生活だったからこそ、そんなこともしみじみと感じられる機会にも巡り合ったのではないか。ふと、そんなことも思っていた。



