今年公開の映画では『AI崩壊』は、恐ろしいくらいに‟今”の恐怖を描いていた | (株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

(株)ジャスト・プランニングも、何だかんだで15年目を突破した

ついこの間始めたばかりだと思っていたこの会社も、干支で言うとひと回りを越えて、15年目に突入してしまった。その間には、コロナ禍や事務所の引っ越しも含めていろいろなこともあったかな。そんなことを思うと、まあ、よくここまで持っているかなというところだろうか。

 3月上旬までは、普通に映画館で映画を見られていた。それが、自粛以降3カ月ほど映画館からも遠ざかっていた。そこで、これまで今年観た作品を少し振り返ってみようかなと思う。
 衝撃的だったのは1月末公開だった『AI崩壊』(入江悠・監督作品)だ。

 10年後の近未来の2030年が舞台となるのだが、AI医療が発達し続けたことにより、人間がAIに支配されていく形になっていくという話。AIが患者の生存価値を、決めていく、人類選別を始めていくようになるのだ。
 つまり、その人間の存在価値をAIが判断していくのだ。生存価値%で示しながら必要ないと判断された人間は淘汰されていく。
 10年後には、多分高齢化はもっと進んでいくであろうし、現実にボクなんかも10年後には70歳を超えている立派な高齢者となっていく。それだけに、身につまされるテーマでもある。そんなことを打っちゃったとしても、機械が支配していく近未来社会に対する恐怖は、どこかに脳裏の片隅にはあるはずだ。そんなところも上手に、刺激した作品となっていた。
 現代社会は、情報化社会と言いながら、個人情報云々で、凄く情報管理している。ところが、どこかではすべての情報が完全にわかってしまうという恐怖。

 図らずも現在のコロナ禍における感染経路確認の作業で、2週間の行動管理していくということ。特に、夜の街に誰とどこへ飲みに行こうが、誰とどこで何していようが「大きなお世話」のはずだった。それが、大きなお世話が、最も大切な感染経路確認となっていくという行動管理。
今回は、図らずもそうなってしまったのだけれども、『AI崩壊』はそんなことも予見していたかのような鋭さもあった。
 我々の生活はAIというある意味では便利かもしれないものが登場したことにより、本来人間が最も人間らしくあった感情や思い、そして寄り添う心といったものを見失わせていってしまう。そんな恐怖も示していたのではないかと思う。


 今の時代で現実に起きている、コロナ禍による行動制限などのストレス等からの誹謗中傷なども、そんな表れの一つではないだろうかとも感じている。

 人間の心は豊かで温かいものだけれども脆い。人類が考え出したコンピュータによって人類が支配されていってしまう。近未来への見えない恐怖は、見事に描かれていたと思う。
 という『AI崩壊』を始めとして、今年は面白そうな映画が多く控えていたので、今後の上映を期待したい。

 6月になって、徐々に社会が元へ戻りつつある。映画館なども、わずかずつだけれども、開館してきた。まだ、1日1スクリーンとか、コロナウイルス感染拡大防止策として1席ずつ開けるなどということは、当分続いていくであろう。もっとも、映画館の場合は、隣席が開いているということは好ましいことではあるのだが…。

 いずれにしても、映画を映画館で観られる日常が戻ってくることはいいことだ。