『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』
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『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(原題: Scent of a Woman)は、1992年に製作されたアメリカ映画。盲目の元軍人を演じたアル・パチーノがアカデミー主演男優賞を受賞した。
概要
人生に悲観し、ふて腐れた孤独な盲目の退役軍人が、自身もトラブルを抱え人生の選択に迫られている心優しい青年との数日間の交流を通じて、自分の人生を見つめ直し、新たな希望を見出すまでを描いたヒューマンドラマ。
アル・パチーノのまったく瞳を動かさない壮絶な演技と、タンゴ・プロジェクトによる「ポル・ウナ・カベサ」をバックにした、ガブリエル・アンウォーとのタンゴ・ダンスシーンが印象的。 のちにアカデミー主演男優賞を受賞することになるフィリップ・シーモア・ホフマンが、主人公と別の道を選択する級友を演じている。
本作はイタリアの作家ジョヴァンニ・アルピーノの小説 Il buio e il miele (「闇と蜂蜜」の意)を元にボー・ゴールドマンが自身の経験を加味して脚色した。同原作の映画化としては1974年のイタリア映画『女の香り』がある。イタリア版では、ヴィットリオ・ガスマンが退役軍人の役を演じており、1974年度のカンヌ映画祭男優賞を受賞している。
ストーリー
アメリカのボストンにある全寮制名門高校に奨学金で入学した苦学生チャーリーは、裕福な家庭の子息ばかりの級友たちとの齟齬を感じつつも無難に学校生活を過ごしていた。感謝祭の週末、クリスマスに故郷オレゴンへ帰るための旅費を稼ぐためチャーリーはアルバイトに出ることになっていた。そのアルバイトとは姪一家の休暇旅行への同伴を拒否する盲目の退役軍人フランク・スレード中佐の世話をすること。とてつもなく気難しく、周囲の誰をも拒絶し、離れで一人生活する毒舌家でエキセントリックなフランクにチャーリーは困惑するが、報酬の割の良さと中佐の姪カレンの熱心な懇願もあり、引き受けることにする。
感謝祭の前日、チャーリーは同級生のハヴァマイヤーたちによる校長の愛車ジャガー・XJSに対するイタズラの準備に遭遇。生徒たちのイタズラに激怒した校長から犯人たちの名前を明かすなら超一流大学(ハーバード)への推薦、断れば退学の二者択一を迫られ、感謝祭休暇後の回答を要求される。チャーリーは同級生を売りハーバードへ進学するか、黙秘して退学するかで苦悩しながら休暇に入ることになった。
中佐はそんなチャーリーをニューヨークに強引に連れ出し、ウォルドルフ・アストリアホテルに泊まり、“計画”の手助けをしろ、という。チャーリーはニューヨークで、中佐の突拍子もない豪遊に付き合わされるはめになる。高級レストランで食事をし、スーツも新調し、美しい女性とティーラウンジで見事にタンゴのステップを披露したかと思うと、夜は高級娼婦を抱く。だがチャーリーは、共に過ごすうちに中佐の人間的な魅力とその裏にある孤独を知り、徐々に信頼と友情を育んでいく。
旅行の終りが迫ったころ、中佐は絶望に突き動かされて、“計画”―拳銃での自殺を実行しようとするが、チャーリーは必死に中佐を引き止め、思いとどまらせる。ふたりは心通わせた実感を胸に帰途につくことができた。
しかし、休暇開けのチャーリーには、校長の諮問による公開懲戒委員会の試練が待っていた。チャーリーは、全校生徒の前で校長の追及によって窮地に立たされるが、そこに中佐が現れ、チャーリーの「保護者」として彼の高潔さを主張する大演説を打ち、見事にチャーリーを救うのだった。満場の拍手の中、中佐はチャーリーを引き連れ会場を後にする。
再び人生に希望を見いだした中佐と、これから人生に踏み出すチャーリーのふたりは、また新しい日常を歩み始めるのだった。
キャスト
フランク・スレード中佐 - アル・パチーノ
チャーリー・シムズ - クリス・オドネル
フランクもチャーリーも、設定ではよくいる人。
しかし素晴らしいストーリーとアルパチーノとクリスオドネルの演技で、二人は誇り高き唯一無二の同志となった。
ほとんどまだ男の子のチャーリーは、平凡だが父親が去って新しい父親とはうまくいっていない。
奨学金を受けているチャーリーは、金持ちの駄目息子たちとは違い貧乏学生で、故に感謝祭週間に遊べず帰省のためのバイトをする。その仕事先がフランクだった。
退役軍人のフランクは、過去の栄光の中にいる。自身が招いた手榴弾事故により失明したため暗闇の世界にいる。
そのことを負けと認めたくないがために、硬い鎧で自身をガードし続けて生きてきた。
そこへやってきたのがまっさらな心の、平凡だが逆に言えば魂の清らかなチャーリー。
チャーリーは自己責任をとるという大人の選択に及び腰。悪いことはできないが、良いこともできない。
しかしフランクと接するうちにまるで人生レッスンを受けているかのように一枚二枚と脱皮してゆく。
そしてフランクは初めて自分で決断してフランクのおつかいを取りやめて戻る。
案の定、フランクは自殺を決行しようとしていた。
ここのクリスオドネルが凄い。
それまで優柔不断で人の言うことを聞くしかなく愛想笑いでごまかしふわふわしていたチャーリーに、急に芯が入る。
チャーリーはふと気づき、歩くのをやめて戻るのだ。
そのとき、チャーリーの目には鋭い光がある。
大事な人を守ろうという使命が宿した光だ。
このキャラクターはベンハーにも似て、いい人がある日、大事な人の為に変身する。
ベンハーは母と妹のため、チャーリーは自分にだけ心を開いてくれるフランクのために。
部屋に戻ったチャーリーはフランクの自殺を命懸けで阻止する。
ここで二人の心は裸になる。
フランクは命懸けのチャーリーの前で初めて、「自分はずっと暗闇の中にいた」と弱音本音を吐き出す。
その本心は重いものだが、チャーリーは全身で受け止める。
そして「足がもつれても踊り続ければいい」と、フランクが言っていた言葉を持ち出す。
この二人は運命の二人だ。会うべくして出会い、カチッとはまった。
互いの存在が自分の未来を明るく拓く。
この二人には離れてほしくない。
観ている誰もがそう思うだろう。
フランクはチャーリーの学校の公開裁判に現れ、校長から関係を訊かれると親代わりだと言う。
チャーリーはフランクの前で友達をかばい、校長からの取引を蹴ることになるが、そこへ事情を知ったフランクが大演説を行い、晴れてチャーリーはこの事件とは無縁となる。
正義万歳!と叫びたい。
アルパチーノはまったく瞳を動かさないどころか、ほとんどまばたきもしない。
視神経に麻酔でも打ったのかと思うほど、見えている人の目の動きをしない。
視力に期待していない、頼っていない人の目の動きであり、また体の動きである。
退役軍人で盲目で親類と同じ敷地内で孤独な引きこもりで頑固という何重にもマイナスな役を、アルパチーノはセンスすべてを投じて演じている。
クリスオドネルは、社会に自分の身の置き所がない学生という立場の男の子を、センスを抜いて演じている。
その二人が衝突しながら徐々に心を通わせてゆく過程は、まるで交響曲だ。
片方の抜けた場所に、もう片方の余ったピースがはまる。
ピタピタピタとはまって、二人は二人で大きなジグソーパズルを築き始める。
その光景の美しさに二人は気づき、二人は相手とその関係を大事にしようとし始める。
ラストでフランクが親類の子二人と前よりソフトにコミュニケーションする様は感動的で、その姿を見届けてから車に乗って去ってゆくチャーリーには、大人の包容力が漂っている。
バンドネオンの音は切れずに伸び縮みファーッと伸びると時間も伸びる
九螺ささら