こんにちは。

 

今年の初夏から読み始めたルソー『新エロイーズ』ですが、

 

この記事では下巻を図書館から借りて読んでますが、

2週間の貸出期限では到底読み終わることができず、

結局下巻も購入しまして、

 

先日やっと読み終わりました。長かった…。

 

印象に残った箇所はたくさんありますが、ご紹介したいのはこのページ

(下巻の206-207頁)です。

 

ヒロインであるジュリとその夫ヴォルマール(の口を借りたルソー)の子育てに関する意見が書かれています。

 

 

長くなりますが、引用しますね。

 

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「子供は大人になるまでは子供でいるように、自然はそう命じています」と、ジュリさんはさらにつづけます。

「この秩序を歪めようとしますと、わたしたちは熟してもいない、味もない、ほどなく腐ってしまう早なりの果実をつくることになりましょう。年端のいかぬ物識り、年寄りめいた子供ができるでしょう。子供の時期にはその年頃に応じた見方、考え方、感じ方があります。それを大人のやり方で置き変えようとすることほど非常識なことはありません。わたしとしては子供に五ピエの背丈をもちなさいというほうが、十歳で判断力をもちなさいと言うよりはましだと思います。

 理性は、何年もたって、身体がある種堅実なものをそなえてから、ようやく形成し始めるのです。だから自然の意図に従えば、精神が訓練される以前に身体が強化されなければなりません。子供はしょっちゅう動きます。その年ごろでは休息や反省は嫌います。家にばかりいてせっせとお勉強という生活は、子供の成長と発育を妨げます。子供の精神も肉体も束縛には耐えられません。本を相手にたえず部屋にこもっていますと、子供は活力をすっかり失います。繊細で、弱く、不健康になり、理性的になるよりはむしろぼんやりしてきます。そして魂は生涯にわたって肉体の脆弱の影を宿すのです。

 こうした早期教育は子供の判断力にマイナスになりますが、かりにプラスになるとしても、無差別的に、それぞれの子供の天分に特に適した教育を考慮しないで与えますと、やはり非常な不都合を生じましょう。種族に共通する体質に加えて、各人は自らの天分と性格を決定する個別の気質を持って生まれておりまして、問題はこの気質を変えることでも拘束することでもなく、これを育て上げ完成させることです。ヴォルマールに言わせますと、すべての性格はそれ自体としては善良であり健全なのです。夫はこう申します。自然のなかに誤りはない。生まれつきのせいにされる悪徳も、すべて天性が悪い型を受け入れたその結果です。どんな悪党でも、その性行が正しく導かれていたら大いなる徳を生み出していたでしょう。歪んで異様な形をしたものでも見るべき位置に置けば美しく均斉がとれて見えるように、どんな調子外れの頭でもある種の角度から取り上げたらきっと有益な才能をひきだせたはずです。いっさいのものは普遍の体系のなかにあって、共通の善のために協力している。人間はみな万物の最善の秩序のなかで自分に割当てられた場所を持っている。この秩序を乱すことではなく、この場所を見出すことが肝要です。揺籃時代から開始され、個々の精神の驚くべき多様性を考慮に入れずに、つねに同一の定式でもって行われる教育によって、いったいどういうことが生じるのか? 大多数の子供に有害な、もしくは適切でない教育が与えられる。子供にふさわしい教育は与えられない。いたるところで自然を拘束する。魂の偉大な資質を消し去って、ちっぽけな、なんの実質もない見かけだけの特性に置き換える。多種多様な才能に同種の訓練をほどこして、一の才能を他の才能で消し去り、すべての才能の区別をなくしてしまう。無駄な努力をして子供が自然から授かった真の賜を台無しにしたあげく、選び取った束の間の軽薄な輝きもやがて色褪せるだけ、しかも圧し殺した天性は二度と再び帰ってこない。自分が壊したものを失うと同時に自分がつくったものも失う。結局のところ、軽率にあれこれ苦心した報いとして、驚くべき素質をもったすべての子供たちが、ひ弱くものの役に立たないことが目立つだけの、力を欠いた才子、取柄のない人間になる。これがその結果だ、と夫は言うのです。」

 

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以上、長々と引用してしまいました。

読んでくださったかた、ありがとうございます。

 

上に引いた、子どもの教育についてのルソーの考えは、

ルソーは18世紀の主にフランスで活躍した思想家ですが、

現代の日本にも通じるところがずいぶんあって、驚きます。

 

ルソーについて以前わたしがフランス文学の先生に教えていただいて印象に残っているのは、

ルソーは子どもを発見したひとだったということ。

それまでは、低年齢のひとは大人用の衣服の小さいものを着た小さな大人として扱われていて、子どもという概念はなかったというのです。赤ちゃんはおくるみでぐるぐる巻きにされてゆりかごに入れっぱなしだったと。

ですが、ルソーがはじめて、子どもは大人とはちがうのだ、子どもにはその発達段階に応じて適した接し方や扱い方、育て方がある、ということを言い始めたのだそうです。

 

でも、ルソーは自分の子どもを数人(5人だったかな?)をみな孤児院に入れてしまって自分では育てなかったというのです。

 

どんな事情があったのか。

 

興味深いです。