【総裁選】高市早苗氏 

橋下徹氏に首相就任時の靖国参拝問われ

「どこからでも手を合わせたい」

 

 

首相の靖国神社参拝というのもあるけど

昭和天皇がある時から

靖国神社の親拝(天皇の参拝)をしなくなったよね

昭和、平成、今は令和になっている。

 

”林芳正官房長官(64)は

「私自身は適切に判断したい」と述べた上で、

中曽根康弘元首相が取り組んだ

A級戦犯の「分祀(ぶんし)」に言及。

「皇室のみなさんを含めて、

わだかまりなく手を合わせることができる

環境をつくるのが政治の責任の1つではないか」”

たしか、石破氏も同じような事を言っていたと思うけど・・・

 

疑問に思うのは

1975年8月15日、首相が靖国神社を

私的・私人として参拝している。

1975年11月21日、靖国神社の親拝が最後。

 

”A級戦犯の分祀”

それにより今上天皇は親拝するのだろうか?

 

首相が公的・公人として

靖国神社参拝をしているのならばわかるけども

そうじゃないでしょ。

なぜ、やらない、出来ないのか?

親拝が出来るとは思えないのだが・・・。

 

 

靖国神社は宗教施設だと思う。

ただね

吉田松陰が祀られている

辞世の句

”身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも

留めおかまし 大和魂”

高杉晋作、坂本龍馬も祀られている

日本にとって靖国神社とは、何なのだろうか?

 

例えば

国家、国民にとって

戦前・戦中の天皇という存在と

戦後の天皇という存在は同じではないよね。

だけれども

特別で必要な存在である事は、今も変わっていない。

 

靖国神社という存在も同じだと思うのだが

そうなっていないのでは?

 

皇室は関係ない

首相が公的、公人として靖国神社参拝をする

それが出来ない事が問題だと思うのだけど・・・

それは出来ない事なのだろうか?

 

古市憲寿氏、小泉進次郎農相の陣営による

「やらせコメント」問題に「バカの味方が一番怖い」

 

まぁ~

ことわざにあるので使うけど・・・

馬鹿と鋏は使いよう

使い方なのかも知れない。

だけれども

”小泉氏を巡っては、

陣営で広報担当を務める牧島かれん衆院議員が、

「ニコニコ動画」に進次郎氏を称賛するコメントを

書いて欲しいと参考例の例文を示した上で

陣営関係者に要望していたと”

牧島かれん氏は、元デジタル大臣でしょ。

何で、こんな事になるのか??

”バレなければ問題ない”そう考えたのだろうか・・・

元デジタル大臣という経歴があっても

この程度なのかと思ってしまう。

 

猿も木から落ちる

と言うし

豚もおだてりゃ木に登る

と言うのであります。

環境によって

猿が木から落ち、豚が木に登る

そう考えれば

使いようだけでなく、環境も悪いのでは?

と思ったりする。

 

これが自民党だけの話ならいいけども

そうじゃないだろう。

 

考える必要があるのかも知れない

今の日本は

猿も木から落ちる

そういう中にあるのでは?

豚もおだてりゃ木に登る

そういう環境、雰囲気が必要なのでは?

 

【総裁選】蓮舫氏、高市早苗氏の外国人問題めぐる発言に「極めて違和感を覚えました」

 

高市氏の言い様、例えとして言った

奈良の鹿に対する話が良くないとしても

自民党が参議院選挙で掲げた公約の中に

「違法外国人ゼロ」

というのがある訳で

それを前提として高市氏の発言を全体で考えれば

まぁ~

そういう事なのかなとは思うけどね。

たぶん

他の総裁候補者も同じ様に

「違法外国人ゼロ」

この公約、政策はあるものなのでは?

 

個人的には

「日本人ファースト」

よりもの

「違法外国人ゼロ」

こっちの方がアウトだと思うのだが・・・。

 

前にも書いている

外国人受け入れ 石破首相「七面倒くさい日本語・・・

ラサール石井「日本人ファースト」に危機感

 

与党である自民党が

公約として「違法外国人ゼロ」と掲げる事と

野党である参政党が

公約として「日本人ファースト」を掲げる

これって言葉の重みって同じだと思う?

 

と言うかね

「日本人ファースト」

公約、政策じゃねぇだろうと思うのだよ。

国家という枠がある中で

それぞれの国家が自国民の為の政治・政策をする。

自国民を優先する

外国人に対して条件がある

当たり前の事なのでは?

「日本人ファースト」

この言葉は概念であって公約、政策になる言葉ではない

そう考えるのだが、違うのだろうか?

まぁ~

野党なので

概念を掲げるのもアリなのかとは思うけど

それだけじゃね。

 

問題なのは

政策を実現する立場にある与党(自民党)が掲げた

「違法外国人ゼロ」

この言葉だよ。

参議院選挙で負け石破首相は辞任を表明し

同じく掲げていた現金給付はやらないみたいだけども

この言葉はすぐにでも撤回して欲しいのだけどね。

 

外国人問題というのが社会の中にある

なので

何かしらの対処・対応が必要なのはわかる。

だが

「違法外国人ゼロ」

これ、どうやって実現するのだろう?

 

考えて欲しい

日本人だって外国で違法な事をする人はいるよね

そういう人を外国に行かせない、ゼロにする。

それって可能だと思う?

 

単純に考えれば誰も外国に行かせない

そうすれば出来ると思うけど・・・

「違法外国人ゼロ」

これは、外国人を受け入れない

そう言っているようなものだと思うのだが

違うのかな?

 

まぁ~

「違法外国人ゼロ」

という言葉だけでなく

「何を違法としてゼロとするのか」

という中身があるのだろうけど

 

先に書いた、言葉の重み

政策を実現する立場にある自民党(与党)が

「違法外国人ゼロ」

この言葉を掲げたという事だよ。

 

違法な外国人がいる事に対し

自民党への批判はより強くなるだろう

と言うかね

自民党への批判だけで終わらないよ

今のままでは

この先の与党に対しても

「違法外国人ゼロ」

この言葉は残るだろう。

 

それは

過去の戦争に対する

その時の政権が残した談話と同じ

誰が、どういう政権が、それは関係ない

日本として問われる。

 

なんで自民党は

こんな言葉を使っちゃったんだろうと思う。

出来れば辞任する石破氏に

この公約、言葉を撤回してもらいたのだが

無理なのかな。