米山隆一氏、細川バレンタイン氏へ法的措置検討
「国旗損壊罪」の解釈巡る自身へのポストで
おもしろい話だと思う。
ボクシング元日本スーパーライト級王者で実業家、
YouTuberなどとして活動している
細川バレンタイン氏が質問する。
”家の表札燃やされたら悲しいでしょう?
なんでうちの表札だけ燃やされても良いのって思いません?”
立憲民主党の米山隆一衆院議員が
それに対して
”それは違います。
自分の家の表札を他人が燃やしたら
器物損壊罪で処罰されます。
自分の家の表札を自分で燃やした場合も
処罰されるのが国旗損壊罪に相当しますが、
それは不要ではないかと言う事です”
と答え・・・
”こんなゴミが国会議員に選ばれてんのかよ
家の表札は家族全員の表札なんだよ
家族のメンバーの誰かが、その表札を燃やしたら
他の家族全員に、そいつは処罰されるよ 当たり前の事”
と反論され
”貴方のこのPostは、意見若しくは論評だとしても
『人身攻撃に及ぶなど意見ないし
論評としての域を逸脱したもの』(H9.9.9判例)、
『社会通念上許される限度を超える侮辱行為』
(H22.4.13判例)であり、
損害賠償に当たると考えます。・・・”
と言っている。
そもそもは
国旗を故意に損壊した場合は
外国の国旗に対しては「外国国章損壊罪」があるけども
日本の国旗に対しては無い。
なので
「日本国国章毀損罪」が必要なのでは?
という話と思うけど・・・。
個人的に思う。
細川バレンタイン氏が言っている例えを
米山隆一衆院議員は理解できていないで答えているし
反論にも反応しちゃっているのでは?
”他人が表札を燃やす”
という事は
日本人が外国の国旗を燃やす事になるので
そこじゃないし
”自分の家の表札を自分で燃やした場合”
でもない。
家の表札は家族全員の表札なんだよ
家族のメンバーの誰かが、その表札を燃やしたら
他の家族全員に、そいつは処罰されるよ 当たり前の事
という事だよね。
こんなゴミが国会議員に選ばれてんのかよ
「ゴミ」という言葉(表現)はアレだけども
その言葉に反応するのではなく
なぜ、そう言われたのか
議員ならば、そこを考える必要があるのでは?と思う。
それが理解できていれば
米山隆一衆院議員の言い様は変わるだろう。
家の表札は家族全員の表札なんだよ
家族のメンバーの誰かが、その表札を燃やしたら
他の家族全員に、そいつは処罰されるよ
その通りだと考える。
だけれども
表札が、気に入らない、好きじゃない
だから
違うように変えたい
そうする権利・自由は家族全員に等しくあるが
表札を変えるか?
それは多数決で決まるだろう。
もしくは、誰かに決定権があるのかも知れない・・・。
なので
少数、決定権の無い人には変える事は出来ない。
それを考える必要があるのかと思う。
外国の国旗を日本人が変える事はできない
だから、損壊すれば罪に問われる。
日本の国旗は日本人にしか変えられない
だからこそ、日本人が日本の国旗を損壊する
その自由・権利を持っている。
そう考える事は出来ないだろうか?
”批判と誹謗中傷は違う”
それと同じ事とも思える。
国旗も、国家、政府、議員・・・
批判される事を受け入れるとしても
誹謗中傷を受け入れる事は無いだろう。
どのような理由で国旗を燃やす(損壊する)のか?
それによって、その行為が
批判なのか? 誹謗中傷なのか?
となると思う。
日本が嫌いだから
政府、政治、国会議員・・・好きじゃないから
国旗を燃やす、損壊する
それって国旗に対する誹謗中傷でしか無い
そう思う。
だって、国旗は何も悪く無いでしょ。
国旗を変えたい訳でも無いでしょ。
その人が国旗を燃やす行為が
日本が嫌いという事だったとしても
他者から見れば
国旗を燃やしているだけで
それでどうしたいの?
なぜ、燃やす必要があるの?
って思うのでは・・・
全ての日本人が日本を好きでは無いかも知れないように
全ての日本人が日本の国旗を燃やす行為に
別の意図があるとは理解せず
その行為に悪感情を持つかも知れない。
それは負の連鎖を作り出すだけなのでは?
というか・・・
そうなっていないかい?
”批判と誹謗中傷は違う”
その歯止めは必要だと思う。