「お父さんも、大変だったんだよ」
「もう昔のことなんだから、そろそろ許してあげたら?」
そう言われるたびに、僕はうまく笑えませんでした。
そうだね、と言いたい。
言いたいんですけど、どうしても言えない。
僕の中には、どうしても許せないものが、
ひとつだけ残っているんです。
それは、僕が言われた言葉じゃありませんでした。
——母に、振り下ろされたものでした。
*
◆ 僕への暴言は、なぜか耐えられた
不思議な話なんですけど。
「ゲームオタク」「デブ」「ナヨナヨしすぎ」。
父から僕へ向けられた言葉も、たしかに今でも胸に刺さっています。
でも、それは、まだ耐えられたんです。
自分のことだから、自分が我慢すればいい、と思えたから。
耐えられなかったのは、母のほうでした。
*
◆ あの日の、台所
夫婦げんかの原因は、いつも、しょうもないことでした。
母がタバコを隠した、とか。その程度のこと。
なのに父は、箸を投げる。冬のストーブを、蹴り倒す。
ひどい日は、母の髪を、つかんで引っぱる。
母は強い人で、やり返すこともありました。
でも、たまに、泣いていた。
台所で、声を殺して泣く母の背中を、
僕は今でも、はっきり覚えています。
……正直に書きます。
一度だけ、僕はあの台所で、よくないことを考えました。
それが何かは、まだ書けません。
ただ、手が震えていたことだけ、覚えています。
あのとき僕は、母を守りたかった。
でも、何も、できなかった。
*
◆ 「面前DV」という言葉を、大人になって知った
ずっと大人になってから、知った言葉があります。
「面前DV」。
むずかしく聞こえますが、ようするに、
子どもの目の前で、家族の誰かが暴力を受けることです。
それを見て育った子どもは、自分が殴られていなくても、
深く傷つくと言われています。
その言葉を知ったとき、僕は、すこしだけ救われました。
僕がいつまでも忘れられないのは、
心が弱いからじゃなかったのか、と。
母を守れなかった、無力感。
あの場で、固まることしかできなかった自分への、情けなさ。
それは、子どもが一人で背負うには、重すぎる荷物だったんです。
あなたが、もし同じものを抱えているなら。
それも、あなたのせいじゃありません。
*
◆ 感謝と、恨みと
今の僕は、父に、ほんの少しだけ感謝もしています。
社会に出て、家族を食べさせていく重さを、知ったから。
でも。
母への暴力だけは、今も、許せない。
感謝と恨みが、同じ胸の中に、両方ある。
どちらか一つに決めなくていい、と、今は思っています。
*
◆ 同じように、親を許せないあなたへ
もしあなたも、「親を許せない自分」を、責めているなら。
ひとつだけ、聞いてください。
許せないのは、あなたが冷たいからじゃありません。
あのとき、誰かを本気で守りたかった——
その優しさが、まだ消えていないだけです。
だから、許さなくていいんです。
まずは、「許せない自分」のほうを、許してあげてください。
回復はたぶん、そこからしか、始まらないから。
——次回は、その「守りたかったのに、体が固まってしまう」
仕組みについて、書こうと思います。
あなたが悪いんじゃない、という話を。
今日も、ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
アオ