結婚が決まりました。

うれしいはずの報告のあと、
最初に頭をよぎったのは——

「親を、どうしよう」

それから何ヶ月も、そのことで眠れませんでした。

・人生の節目で、まず親の反応を考えてしまう
・お祝いの場に親を呼ぶかどうかで、長く悩んだ
・「普通は呼ぶでしょ」と言われて、説明できなかった
・自分の幸せな日なのに、心から喜べなかった


ひとつでも当てはまるなら、これはあなたの話です。



◆ 節目は、閉じたドアを強制的に開ける

普段は、距離を取れています。

会う回数を減らす。
連絡を最低限にする。
そうやって、なんとか安全を保っている。

でも——冠婚葬祭は、その扉をこじ開けてきます。

結婚。出産。法事。子どもの行事。

これらの場面では、社会が
「家族として振る舞うこと」を要求してきます。

しかも、周りは全員、善意です。

「親御さんも喜ぶよ」
「後悔するよ」
「一生に一度なんだから」

悪気がないからこそ、反論できない。
(以前書いた"善意の侵入"と、同じ構造です)

だから、悩んでいること自体を、誰にも説明できない。

そして、もう一つ。

あの何ヶ月かで、あなたが本当に悩んでいたのは
「呼ぶか、呼ばないか」じゃなかったかもしれません。

——この日を、自分のものにしていいのか。

ずっと、親の機嫌が主役だった人にとって、
自分が主役になる日は、落ち着かないものなんです。



◆ 今日からできる、小さな一歩

① 「誰のための日か」を、一行だけ書く


紙に、こう書いてみてください。

「この日の主役は、自分と相手」

親の気持ちは、その次です。
順番を決めるだけで、迷いが半分に減ります。

② 「呼ぶ/呼ばない」の二択をやめる

ここにも、段階があります。

式には呼ばず、写真だけ送る。
食事会だけ、別の日に短時間で。
挙式は身内のみ、親は一時間だけ。

全部か、ゼロかじゃない。
あなたが壊れない距離を、設計していいんです。



◆ 悩んだのは、真剣だったからです

何ヶ月も眠れなかったのは、
あなたが薄情だからじゃありません。

自分の幸せな日を、
自分で守ろうとしたからです。

何も考えずに呼ぶ人よりも、
あなたはずっと真剣に、その日を大事にしていた。

そして、節目はこれからも来ます。
出産、子どもの行事、いつかの法事。

そのたびに同じ問いが戻ってくるので、
今回ひとつ、自分の基準を決めておいてください。

「主役は、自分と相手」

それが決まっていれば、次はもう少し楽になります。

あなたが「節目で悩んだこと」は、なんでしたか。
よかったらコメントで教えてください。

次回は「ずっと欲しかった物を、買ったのに使えなかった話」を。

今日も、ここまで読んでくれてありがとうございました。

アオ