42. 読者の皆様に感謝(#^.^#)
初めての携帯からの記事投稿です。
皆様、多数のアクセスありがとうございますm(__)m
おかげさまで、
アメブロランキング急上昇!!
アクセス数急増!!
アクセス数急増!!
4/14付【政治・経済ランキング】154位/2827中()
[茶帯獲得]37位/1683中()
[「黒帯」獲得]
誠にありがとうごさいます。
この喜びを糧に、
「彼ら」を追い詰めるべく、ブログを書き続けます。
そして、日本を愛する皆さん、共に、「彼ら」の「陰謀」による魔の手(工作)から我が国、我が祖国「日本(大和)」を護りましょう。
ご支援よろしくお願いいたしますm(__)m
41. 【哀悼】ポーランド大統領死亡 -どのような政治家だったのだろうか?-
年度末、年度始は多忙のため、しばらく更新できませんでした。読者の皆様申し訳ありません。
全く更新がないにも関わらず、ペタしてくださった方々誠にありがとうございます。
やっと、PCに向かう暇ができたので、今回更新します。
最近、衝撃的なニュースが飛び込んできましたね。
表題の『ポーランド大統領死亡』です。

↑ポーランドのカチンスキ大統領(ロイター)
今回は、この件に関して、氏の功績を紹介しながら、今回の「事故」について、私になりに推理・推論・分析してみたいと思います。
何かこの世界を奥深く考えるきっかけになればと思います。
実は、専門のSNSでは、より突っ込んだ分析をしていますが、ここでは、私なりに「意図」があるのでお触り程度にとどめます。
それでは、始めます。
まず、大統領機墜落のニュースから、
亡くなった大統領の政治手法を見ましょう。↓
EUの変遷とリンクさせながら、まとめます。↓
あくまで憶測・想像ですが、大統領がいなくなることで得をする勢力はいますね。
「EU(欧州連合)」の完全統一を目指す連中です。
皆さんは、今回の「事故」は、「事故」だと思いますか?それとも・・・?
そうそう、過去の航空機事故や撃墜事件などについてよくよく調べてみると「マジで!?」というものが多くありますよ。
これは、某SNSで教えてもらった情報ですけどね・・・さながら、ネット有志の「情報機関」といっても過言ではないですな。
いわゆる「集合知」って奴です。
皆さんも、一度は、不可解な事故・事件に関しては、私ぐらいは調べられてみては?
色々なことが見えてきますよ。
いかがでしょうか?
皆さんは、どのようにお考えになりますか?
様々なご意見、ご質問、ご要望などをお待ちしております。
お気軽に下部のコメント欄をお使いくださいませ。
『「事故」ではないかもしれない』『てか、ブログ主、よく調べたな!!乙!!!』
と思った方はこちらをクリック↓
→
リンクタグが表示されない方は、こちらをクリック↓
→ http://blog.with2.net/link.php?943100
全く更新がないにも関わらず、ペタしてくださった方々誠にありがとうございます。
やっと、PCに向かう暇ができたので、今回更新します。
最近、衝撃的なニュースが飛び込んできましたね。
表題の『ポーランド大統領死亡』です。

↑ポーランドのカチンスキ大統領(ロイター)
今回は、この件に関して、氏の功績を紹介しながら、今回の「事故」について、私になりに推理・推論・分析してみたいと思います。
何かこの世界を奥深く考えるきっかけになればと思います。
実は、専門のSNSでは、より突っ込んだ分析をしていますが、ここでは、私なりに「意図」があるのでお触り程度にとどめます。
それでは、始めます。
まず、大統領機墜落のニュースから、
ポーランド大統領が死亡=搭乗機墜落、死者96人か-ロシア西部
【モスクワ時事】ロシア西部スモレンスク郊外で10日午前(日本時間同日夕)、ポーランドのレフ・カチンスキ大統領(60)夫妻が乗った政府専用機のツポレフ154型機が墜落、同大統領を含む乗客・乗員全員が死亡した。ポーランド外務省も同大統領の死亡を確認した。
ロシア非常事態省によると、同機には計96人が搭乗しており、うち88人がポーランド政府・議会関係者だった。最高検察庁は132人が乗っていたとしている。
最高検察庁によると、同機はワルシャワ発で、スモレンスク郊外の空港に着陸しようとして滑走路の数百メートル手前に墜落、大破した。事故当時、一帯には濃霧が立ち込めており、同庁は悪天候や人的ミスが事故原因とみて調べている。現場からはブラックボックスが回収された。
ロシアのテレビ局ベスチ24によると、空港管制官は視界不良のため、同機に隣国ベラルーシ・ミンスクの空港に向かうよう提案したが、同機側は予定通り着陸することを決定。高度を下げて空港に接近する途中、付近の森の樹木に接触して墜落したという。
カチンスキ大統領らは、第2次大戦中の1940年、旧ソ連秘密警察がスモレンスク郊外カチンでポーランド人将校ら捕虜約2万人を銃殺したとされる「カチンの森事件」の慰霊碑に参拝する予定だった。カチンでは7日、ロシアのプーチン首相、ポーランドのトゥスク首相らが出席して事件70周年の慰霊式典が開かれていた。(2010/04/10-22:30)
↑墜落地図
↑墜落現場
亡くなった大統領の政治手法を見ましょう。↓
http://www.youtube.com/watch?v=ctx5BiypTto
大統領と首相の座を占めるカチンスキ兄弟による「過去の清算」をはじめとする改革が物議を醸す中、かつてライバルであった元大統領のレフ・ワレサ(Lech Walesa)氏とアレクサンデル・クワシニエフスキ(Alexander Kwasniewski)氏は、ポーランドに訪れつつある「民主主義の危機」を警告する会議を開催した。一方でカチンスキ兄弟は、ポーランド社会に浸透している保守的でカトリック的な人々を代表しているに過ぎないとする意見もある。(c)AFP/Elise Menand 2007 年05月21日
http://www.afpbb.com/article/politics/2227935/1616495
http://www.youtube.com/watch?v=sJ3Lf7Oq3DA
ポーランドのレフ・カチンスキ(Lech Kaczynski)大統領は21日、22日のEUサミット(EU summit)を前にEU加盟国首脳と相次いで会談、簡素化された欧州憲法に対する反対の立場を表明している。ドイツが反対している投票制度の改正提案に関わり、憲法条約への拒否権行使の可能性をも示唆している。(c)AFP 2007年06月14日
http://www.afpbb.com/article/politics/2239257/1691198
【レフ・カチンスキ大統領の略歴(一部抜粋)】
・2001年春:兄のヤロスワフと共に、政党「法と正義」(PiS)を創設し、同年、議会選挙で投票数の9.5%を獲得する。
・ 2001年:同党総裁に選出
・ 2002年:ワルシャワ市長
・ 2003年:「法と正義」総裁職を兄のヤロスワフと交代
・ 2005年3月:大統領選挙への出馬を表明する。
- 9月:議会選挙において、「法と正義」は、投票数の27%を獲得し、第一党となる。
-10月:大統領選挙の決選投票において、投票数の54.04%を獲得して大統領に選出される。
-12月23日:大統領に就任する。
・ 2008年12月2日:来日する。
・ 2010年4月10日:カティンの森事件追悼70周年記念式典参加の自身やマリヤ夫人などが乗ったツポレフ154型専用機がロシア連邦西部スモレンスクの空港で着陸に失敗し、全員が死亡。
↑カチンスキ大統領夫妻
EUの変遷とリンクさせながら、まとめます。↓
【欧州連合(EU)の変遷とポーランドの政治動向】
・1952年7月23日:「欧州石炭鉄鋼共同体」設立
・1957年:『ローマ条約』調印(経済分野での統合とエネルギー分野での共同管理の進展)
・1958年1月1日:「欧州経済共同体」と「欧州原子力共同体」が発足
・1965年:ブリュッセル条約調印
・1967年:「欧州諸共同体」という1つの枠組みの中に3つの共同体をおくことで統合の深化
・1973年1月1日、それまでのベネルクスと西ドイツ、フランス、イタリアの6か国に加えて、デンマーク、アイルランド、イギリスが「欧州諸共同体」に加盟
・1981年1月1日:ギリシャが「欧州諸共同体」に加盟
・1986年1月1日:スペインとポルトガルが「欧州諸共同体」に加盟
・1986年:『単一欧州議定書』調印(『ローマ条約』を大幅に修正・・・経済分野に関する政策を原則として「欧州経済共同体」が統括することで共同市場設立が掲げられた)
・1985年:『シェンゲン協定』調印(域内における人、商品、サービスの移動の自由を図る)【加盟国間の国境という障壁を除去していくことが盛り込まれた】
・1992年2月7日:『マーストリヒト条約』調印
・1993年11月1日:「欧州連合」発足(経済分野に関して超国家的性格を持つ欧州共同体の枠組みのほかに共通外交・安全保障政策、司法・内務協力という加盟国政府間の協力枠組みを新設)【いわゆる「3つの柱」構造のもとでヨーロッパのさらなる統合が図られた】
・1995年1月1日:オーストリア、フィンランド、スウェーデンが加盟
・1998年5月1日:「欧州中央銀行」が発足
・1999年1月1日:単一通貨ユーロが導入される【通貨統合】
・1999年:『アムステルダム条約』発効(『ローマ条約』と『マーストリヒト条約』を修正・一体化)
・2000年:『欧州連合基本権憲章』公布(「欧州連合」域内における市民の人権がうたわれている)
-------《レフ・カチンスキ大統領の動き》---------
2001年春:兄のヤロスワフと共に、政党「法と正義」(PiS)を創設し、同年、議会選挙で投票数の9.5%を獲得する。----------
・2003年:『ニース条約』発効(同上)【統合の深化】
・2004年5月1日:旧社会主義陣営の東ヨーロッパ諸国を含む10か国が加盟【ポーランドも加盟】
・2004年10月28日:『欧州憲法条約』調印
※『欧州憲法条約』の超国家主義的な性格に対して、個別の加盟国の主権が脅かされるのではないかという不安から欧州懐疑主義が起こり、条約批准の是非を問う国民投票の結果、2005年5月にフランスで、翌月にはオランダで批准に反対するという意思が示された。
『欧州憲法条約』が拒否されるという事態を受けて「熟慮期間」が置かれ、ヨーロッパ統合の過程は一時的に停止した。その間、『欧州憲法条約』に盛り込まれている「欧州連合」の超国家的な性格や、「欧州連合」の意思決定が大国有利となっている制度に対する批判が寄せられた。これらを受けて『ローマ条約』調印50周年となる 2007年3月、議長国を務めていたドイツは「熟慮期間」の終了を宣言した。将来の拡大に備えた受け入れ態勢の整備と「欧州連合」の機構改革を進めるべく、『欧州憲法条約』から超国家的な性格を排除した、「改革条約」と位置づける新たな基本条約の作成が合意され、2007年12月に『リスボン条約』として調印された。
-------《レフ・カチンスキ大統領の動き》---------
2005年3月:大統領選挙への出馬を表明する。
- 9月:議会選挙において、「法と正義」は、投票数の27%を獲得し、第一党となる。
-10月:大統領選挙の決選投票において、投票数の54.04%を獲得して大統領に選出される。
-12月23日:大統領に就任する。----------
-------《ポーランドの政治の動き》---------
2005年、「欧州連合(EU)」に懐疑的で、経済における自国民の利益と社会におけるカトリック的価値を最優先に掲げたカトリック系保守政党「法と正義」が総選挙で勝利し、極右系小政党「自衛」「ポーランド家族連盟」とともに保守・極右連立政権を発足させたが、その極端な右翼政策と強硬外交はポーランド国民の失望と反発を買い、2007年9月7日に議会は解散した。
この解散を受けて2007年10月21日に行われた総選挙では、「欧州連合(EU)」の強化に積極的で、カトリック的価値観を尊重しながらも行政・経済・社会・司法の改革(*)を標榜する中道右派政党「市民プラットフォーム」が勝利を収め、もう一つの中道右派政党「ポーランド国民党」とともに、「市民プラットフォーム」の若い党首ドナルド・トゥスクを首相とする新政権を発足させた。---------------
(*)【行政・経済・社会・司法の改革】←なんかどこかで聞いたような?
『構造改革』とそっくりですね。
-------《ポーランドの政治体制》---------
政治体制は共和制。国家元首は大統領(任期5年)であり、直接投票によって選出される。かつては大きな政治権力を託されていたが、1997 年の憲法改正により政治の実権は首相に移り、現在は外交の場で象徴的に出席する程度である。下院で可決した法案の拒否権があるが、下院が再度可決した場合にはその法案は成立する。軍の最高司令官でもあるが、これも象徴的な役職にすぎない。
行政は首相が統率する閣僚会議(内閣)が担う。議会の下院に当たるセイム (sejm) の大多数の連合から、首相の提案に基づき大統領が閣僚を指名する。首相は強大な政治的権力を有している。現在の首相はドナルド・トゥスク。 ---------------
つまり、EUに対しての姿勢に関しては大統領と首相は相反していたということ。
少し2004年以降まで遡って年表にまとめます。
・2005年3月:レフ・カチンスキ大統領選挙への出馬を表明
・2005年5月:『欧州憲法条約』批准の是非を問う国民投票の結果、フランスで批准に反対
・2005年6月:『欧州憲法条約』批准の是非を問う国民投票の結果、オランダで批准に反対
・2005年9月:ポーランド議会選挙において、「法と正義」は、投票数の27%を獲得し、第一党となる。
・2005年10月:ポーランド大統領選挙の決選投票において、投票数の54.04%を獲得して大統領に選出
. 2005年12月23日:ポーランド大統領に就任
・2007年1月1日:ブルガリアとルーマニアが加盟
・2007年3月:議長国を務めていたドイツは、『欧州憲法条約』の「熟慮期間」の終了を宣言
・2007年05月21日:ポーランド大統領と首相の座を占めるカチンスキ兄弟による「過去の清算」をはじめとする改革が物議を醸す中、かつてライバルであった元大統領のレフ・ワレサ(Lech Walesa)氏とアレクサンデル・クワシニエフスキ(Alexander Kwasniewski)氏は、ポーランドに訪れつつある「民主主義の危機」を警告する会議を開催 【ヨーロッパ統合派の猛烈な巻き返し!!世論工作?】
http://www.afpbb.com/article/politics/2227935/1616495
・2007年06月14日:ポーランドのレフ・カチンスキ(Lech Kaczynski)大統領は21日、22日のEUサミット(EU summit)を前にEU加盟国首脳と相次いで会談、簡素化された欧州憲法に対する反対の立場を表明している。ドイツが反対している投票制度の改正提案に関わり、憲法条約への拒否権行使の可能性をも示唆 【ヨーロッパ統合警戒派の抵抗!!】
http://www.afpbb.com/article/politics/2227935/1616495
・2007年9月7日:極端な右翼政策と強硬外交はポーランド国民の失望と反発を買い、ポーランド議会が解散 【ヨーロッパ統合派の世論工作の成功】
・2007年10月21日:解散総選挙後、「市民プラットフォーム」の若い党首ドナルド・トゥスクを首相とする新政権が発足
※「市民プラットフォーム」:欧州連合(EU)の強化に積極的で、カトリック的価値観を尊重しながらも行政・経済・社会・司法の改革を標榜する中道右派政党
【EUに対しての姿勢に関して、ポーランド大統領と首相が相反】
・2007年12月:『リスボン条約』調印
・2007年12月21日:ポーランドが『シェンゲン協定』に加盟(国境審査が完全に撤廃される)
※他のシェンゲン協定加盟諸国とポーランドの間での陸路での国境審査が撤廃された。
・2008年3月30日:空路での国境審査が撤廃。
(これで他のシェンゲン協定加盟諸国とポーランドの間でのすべての国境審査が撤廃されたことになる)
・2009年10月10日:ポーランドが『リスボン条約』を批准ポーランド、リスボン条約批准 チェコ残すのみ
2009年10月10日 23:27 発信地:ワルシャワ/ポーランド
【10月10日 AFP】ポーランドのレフ・カチンスキ(Lech Kaczynski)大統領が10日、欧州連合(EU)の新基本条約「リスボン条約(Lisbon Treaty)」の批准書に署名した。これにより、同条約の未批准国はチェコだけとなった。(c)AFP
・2009年12月1日:『リスボン条約』発効
・2010年4月10日:カティンの森事件追悼70周年記念式典参加の自身やマリヤ夫人など87名が乗ったツポレフ154型専用機がロシア連邦西部スモレンスクの空港で着陸に失敗し、全員が死亡。
あくまで憶測・想像ですが、大統領がいなくなることで得をする勢力はいますね。
「EU(欧州連合)」の完全統一を目指す連中です。
皆さんは、今回の「事故」は、「事故」だと思いますか?それとも・・・?
そうそう、過去の航空機事故や撃墜事件などについてよくよく調べてみると「マジで!?」というものが多くありますよ。
これは、某SNSで教えてもらった情報ですけどね・・・さながら、ネット有志の「情報機関」といっても過言ではないですな。
いわゆる「集合知」って奴です。
皆さんも、一度は、不可解な事故・事件に関しては、私ぐらいは調べられてみては?
色々なことが見えてきますよ。
【参考情報】
↓黒鳩が意味深なことを言ってます。
鳩山由紀夫首相が、ポーランドのカチンスキ大統領夫妻の飛行機事故についてツイッターで言及した内容が波紋を広げている。「大統領の強い思いが、この悲劇につながったのでしょうか」というくだりがさまざまな憶測を呼んでいる。
↓なんか変です。
ロシア空軍関係者によると、パイロットは管制官の指示を数回にわたり無視し、着陸を強行したという。
大統領の安全を第一に考えるはずのパイロット、ましてや大統領機のパイロットが、『管制官の指示を数回にわたり無視し、着陸を強行』するとは、かなり違和感があります。
いかがでしょうか?
皆さんは、どのようにお考えになりますか?
様々なご意見、ご質問、ご要望などをお待ちしております。
お気軽に下部のコメント欄をお使いくださいませ。
『「事故」ではないかもしれない』『てか、ブログ主、よく調べたな!!乙!!!』
と思った方はこちらをクリック↓
→
リンクタグが表示されない方は、こちらをクリック↓
→ http://blog.with2.net/link.php?943100





