記事を書く理由
読んでくださってありがとうございます♥こちらの記事がシリーズの最初になります。昨日の記事の続きの前に、、何のために私が記事を書いているか、ということを書きます。バースカフェのあと降りてきたメッセージです。地獄というのは、人々の心にある。心が地獄の人々は、奈落の底で、縮こまり、苦しんでいる。かつては、宗教指導者や偉人など、限られた人だけが、その奈落の底に光を当てることができた。でも今は、普通の人々が、それぞれ手に鏡を持って、天(宇宙)から受け取った光を反射させ、奈落の底に届けることができる。本当の自分に戻って輝けというのは、鏡になれということだ。光を放てということだ。奈落の底で、苦しむ人々にも、いろいろなグループがある。今の時代は、偉人でも宗教指導者でもなく、先にその闇から這い上がってきた、普通の人々が、その各グループにふさわしい光を、ピンポイントで届けることができる。それは彼らを救うことではない、光を受け取った人々は、光に照らされた崖を、自力で登ってくることができる。光さえ届ければいい。姿を隠さず、堂々と、恥や外聞、罪悪感、偏見をかなぐり捨て、自分に誇りを持って、ありのままの姿でいる者こそが、奈落の底を照らす、鏡を持つことができる。だから、私は、鏡を持とうと決めました。隠れるのはやめました。人を救おうなんて、おこがましい。でも、もしあたしがあたしであることで、光を届けることができるなら、やってみよう!と思えました。