「パラダイス・ナウ」のハニ・アブ・アサド監督が、緊張下にあるパレスチナの今を生き抜く若者たちの現実を、サスペンスフルに描く。第66回カンヌ映画祭ある視点部門審査員賞を受賞し、第86回アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。長きに渡る占領状態により、自由のない日々を送っているパレスチナの若者たち。パン職人のオマールは、監視塔からの銃弾を避けながら、分離壁の向こう側に住む恋人のもとへと通っていた。そんな日常を変えるため、オマールは仲間ともに立ち上がるが、イスラエル兵殺害容疑で捕えられ、秘密警察より拷問を受けることとなる。そこでオマールは、囚人として一生を終えるか、仲間を裏切りスパイになるかという究極ともいえる選択を迫られる。
100%パレスチナの資本によって製作され、スタッフは全てパレスチナ人、撮影も全てパレスチナで行われた。
製作国がパレスチナ作品は観たことがないと思う。訴えたい事が、この作品にきっと詰まっているはずだ。それを思うと、観る前から切ない気持ちになる。ヨルダン川西岸には、人の幸福ではなく、不幸が詰まっている事が、容易に想像できる。
主人公オマールは、嵐の海に漂う小舟のように、運命に翻弄される。仲間内では、裏切り者にされ、秘密警察からは、裏切らなければ懲役90年と下される。生きるための選択肢は、一つしかない。その重すぎる彼の人生は、痛々しい。悪い夢か、残酷なファンタジーの世界に迷い込んだみたいだ。
オマールをスパイにするために、彼の幼馴染も、スパイに仕立て、恋人までも、それに加担させてしまう。この地域では、信用していい人間関係なんてないのだ。そういう人権無視の監視社会の中で、人々は、命がけで暮らしている。
最後は、切羽詰まった決断に、息を呑む。追い詰められたオマールがとった行動は、不条理だが納得がいく。こんな社会は、本当に馬鹿馬鹿しい。なぜ、こんなにも敵も味方も憎みあわなければいけないのか。終わってみると、希望を失い、暗澹たる思いになる。そして、自分が抱える悩み事など、一笑に付すような、くだらない事に思えてきた。