今日は買い物の一日。
昨日ウィンドウショッピングしていたアイテムを買いに走る。
観光用バッグ。53ゾルティー。
ラトビアで盗まれたサイクリングメーターもさっそく購入、有線だけど。33ゾルティー。
自転車のヘルメット。75ゾルティー。
自転車の鍵。28ゾルティー。
ボトルゲージ。19ゾルティー。
ちょっと買いすぎた。

オーストリア、ウィーンへの夜行バスを待ちながら。
お城の前でメーターを自転車に装着。
安物すぎたか、表示がおかしい。
歩行者と並び歩いても、時速28キロなどど言う。
仕方なくタイヤの円周を逐次小さく入力していって調整する。
これくらいのスピード(体感)なら、時速15キロだろうと完全にあて推量。
まったく意味がない。

バスに乗り込んで、一悶着。
後ろの座席に座っていたフランス人カップルがいつまでも大声で話している。
10時30分までは我慢したが、結局振り向いて少し静かにしろよと。
怒っておいて、あとで何が自分の気に、

癪に触ったのだろうとあれこれ考えていたら、国境。
スロバキア経由でオーストリアに入る様子。
非EU市民は僕だけのようで、係官にパスポートを持っていかれたのは僕一人。
(EU諸国間ならパスポートにスタンプを押さないのだ。
そもそもパスポートでなく何か身分証明書でも移動ができるみたい)

パスポートが押されて戻って来た。
さよなら。ポーランド。

朝、ワルシャワに到着。
そのまま電車の駅に向い、Kracow行きのチケットを買う。
ワルシャワ滞在1時間。

Kracowという街はポーランドのいわば京都か。
ウランバートルのイドレGHで会ったイスラエル人Razyaが
絶対行くべきと勧めてくれた街。
世界遺産の旧市街、Salt Mine(塩の洞窟、地下教会)、
それからアウシュビッツへの起点となる。

ワルシャワから電車で約三時間、
駅に到着して早速キャンプ場を探すが、、、
ロンリープラネットには(ガイドブックね)トラムの2番に乗るようにと、
そこでバスに乗り換えるよう出ているのだが、
トラムの2番が全く走っていない、、、(現在運休中だった)
街の中心が工事中で地図と全然違う。
重い荷物と自転車を抱えて行ったり来たり、、、

でもこの街の人は親切。
英語もかなり通じるし。
公園に座り込んで途方に暮れていたら、
どうしたのと青年が話しかけてくれたり。
ポーランドはあまりいい話を聞いていなかっただけに、嬉しい。
この街が好きになる。

キャンプ場に到着。
テントをはる。
もう一度街まで戻り、Salt Mineへ。
問題はその帰り。

ポーランドは夜間、出歩かないようにと、
ある意味ウランバートルよりやばいとある旅行者に言われていたが、
その夜になってしまった。
確かに、日が暮れてから、道に人がいない。
時々叫び声だか嬌声だか。
これは、ちょっと危ないわ。
市内中心まで帰って来て、トラムだ!やっと一安心。

車内は僕一人、が、途中から酔っぱらいが乗ってくる。
なぜか隣に座られる。
やばいなぁとは思ったけれど、
案の定、抱きつかれ、キスを3回(ほっぺたにする奴ね)。
次の駅でトラムを降りてあとは歩く。
キャンプ場まで30分くらい歩く間に
追い抜いて行く車に何か笑われたり、
何か怪しいもん買わないかと手招きされたり。
結論。夜は危ない。

朝、ワルシャワに到着。
そのまま電車の駅に向い、Kracow行きのチケットを買う。
ワルシャワ滞在1時間。

Kracowという街はポーランドのいわば京都か。
ウランバートルのイドレGHで会ったイスラエル人Razyaが
絶対行くべきと勧めてくれた街。
世界遺産の旧市街、Salt Mine(塩の洞窟、地下教会)、
それからアウシュビッツへの起点となる。

ワルシャワから電車で約三時間、
駅に到着して早速キャンプ場を探すが、、、
ロンリープラネットには(ガイドブックね)トラムの2番に乗るようにと、
そこでバスに乗り換えるよう出ているのだが、
トラムの2番が全く走っていない、、、(現在運休中だった)
街の中心が工事中で地図と全然違う。
重い荷物と自転車を抱えて行ったり来たり、、、

でもこの街の人は親切。
英語もかなり通じるし。
公園に座り込んで途方に暮れていたら、
どうしたのと青年が話しかけてくれたり。
ポーランドはあまりいい話を聞いていなかっただけに、嬉しい。
この街が好きになる。

キャンプ場に到着。
テントをはる。
もう一度街まで戻り、Salt Mineへ。
問題はその帰り。

ポーランドは夜間、出歩かないようにと、
ある意味ウランバートルよりやばいとある旅行者に言われていたが、
その夜になってしまった。
確かに、日が暮れてから、道に人がいない。
時々叫び声だか嬌声だか。
これは、ちょっと危ないわ。
市内中心まで帰って来て、トラムだ!やっと一安心。

車内は僕一人、が、途中から酔っぱらいが乗ってくる。
なぜか隣に座られる。
やばいなぁとは思ったけれど、
案の定、抱きつかれ、キスを3回(ほっぺたにする奴ね)。
次の駅でトラムを降りてあとは歩く。
キャンプ場まで30分くらい歩く間に
追い抜いて行く車に何か笑われたり、
何か怪しいもん買わないかと手招きされたり。
結論。夜は危ない。

朝、ロシアのサンクトペテルブルグからラトビアのリガへ到着。

到着してすぐその日の夜行バスチケット、

ポーランド、ワルシャワ行きを求める。

ちょっと訳あって急ぐのです。

ドイツの西部かオランダまでは。

 

荷物を預けリガの街を散歩。

とにかく美しい。

明るく開放感があるなと思っていたら、

街に軍服を来た人や警官がいないからか。

看板もキリル文字じゃなく、普通のアルファベットだ!

もう「P」をピーと、「H」をハ行で読んでいいのね。

最高!

しかも英語が通じる!

女性もキレイ!

子供もかわいい!

花と緑もいっぱい。

ホットドッグを食べていたら、教会の鐘が鳴って、まだお昼前かと。

 

はしゃぎすぎたのか。

今回の旅行、というよりは今までの旅行でも初めての。

盗難。

インターネットカフェに入っているほんの1時間ほどの間に、

自転車のサイクリングメーターの、ディスプレイ部分だけを盗まれた。

ショック。

悪意というもののざらざらとした手触り。

しかもあのメーターはディスプレイ部分だけを持っていっても、

全く何の役にも立たないのだ。

前輪の発信器、マグネット部分も盗まれていれば敵もアッパレと思うけれど。

しっかり前輪に残ってるし。

価値の分からない人間に持って行かれたのね。

確かに油断してた。

北京とかウランバートルなら外してネットしてたかも。

美しい街に嫌な記憶を残してしまった事を後悔する。

 

夜、バスに乗り込む際にまたモメる。

リガからポーランドのワルシャワへ。。

Euro Linesというヨーロッパ各地を結ぶバスを買った。

バックパックをバスに積み込んで、さらに自転車を乗せようとした時、

突然車掌に止められたのだ。

整理券を運転手に貼ってもらえという。

運転手がちょうど降りて来たので、シールを頼む。

「ファイブ、ユーロ」、ゆっくりそう言われる。

 

「ちょっと待ってくれ」と。

5ユーロって700円も!馬鹿げている。

サンクトペテルブルグからリガまでも同じEuro Linesのバスだったが、

荷物なんて無料だった。

その旨説明するも、

「ワンビレット、ワンラゲッジ(一つの切符に一つの荷物)」だと。

 

おいおい、こっちはわざわざEuroLinesのホームページまで見て、

「一人につき荷物は2つまで

さらにバスに余分のスペースがあれば、それ以上でも乗せる事ができる」と、

サイズまで測って調べて来ているんだ。

そう言うも所詮それは英語。

ラトビア語でもポーランンド語でもない。通じない。意味がない。

 

ラトビアラットで払えるかと交渉を始める。

それならまだ財布に残ってる。

「NO」だと。

USドルでも駄目かと。

「オンリー、ユーロ」だと。

なんでユーロだけなんだと。

ここはラトビア、目的地はポーランド、両方ユーロ国でもない。

それならそうとチケットにでも注意書きで書くべきだろうと。

やはり首をかしげられるだけ。

さらに喰らいつく。

もう夜の10時前、銀行も両替カウンターも閉まっている。

ATMでおろしてもラトビアラットで出て来てしまう。

ユーロを手に入れる手段はない。

僕はどうしたらいいと詰め寄る。

返って来たのは、荷物を置いていけとのジェスチャー。

カチンと来た。

 

オーケー。

ポーランドに着くまでこの自転車はずっと膝の上に置いておく、

そう宣言してバスに乗り込もうとする。

駄目だと掴まれ怒鳴られる。

 

既に乗り込んでいる乗客が早くしてよと呆れ顔。

仕方ない。

5ユーロくれてやろう。

 

本当はユーロの現金も持っていたのだが、

家族に特別に貰ったものだったので使いたくなかったのだ。

それに貴重品袋に入っているので、人前で広げたくなかった。

5ユーロ払い、自転車にシールを貼ってもらう。

サンキューとソーリーを笑顔で言ってバスに乗り込む。

チケットに貼ってもらった控えタグをぎちぎちに握りつぶしながら。

 

国境を越えるバスだけは、運転手や車掌と揉めてはいけない。

イミグレで何が起こるか分からない。

特にここはヨーロッパ。アジア人は目立つ。

ロシアの出国のように難癖つけられた時、

その時力になってくれるのはバスの人間だけなのだ。

 

むかつく奴もいる。

むかつく事もある。

それでもいい旅行をしよう。

 

バスが発車。

車内はガラガラ。

体がまだ、熱い。

 

こんな時は反町隆史のポイズンを歌ってみる。

「言いたい事も言えないこんな世の中は、ポイズゥン」

ついでにフォーエバーも。

「あ~、フォエバヨラァブ」

 

反町さんの歌は役に立つ。

その似非っぷりが。

何も本気な事なんてないのだ。

そのフォーエバーは夏休みくらいの永遠だろうし、

ポイズンだって5リットルくらい飲んでちょっとお腹がゴロゴロ鳴る程度の毒。

そう。

5ユーロ払っただけで、

僕は何を失った訳でも

何かが変わってしまった訳でもない。

 

深刻に考えすぎない事。

ざわめきに共鳴しない事。

大事な事は。

こんな世の中は、どうもポイズゥンらしいのだから。

8月の終わりは僕にとって特別。
6年前の8月を数えながら過ごす。

今日はサンクトペテルブルグのネットカフェで口論に。
20ルーブル払い戻しに成功。
夜に食べたハンバーガーがおいしかった。

エルミタージュ美術館では、いい出会いがあった。
それは人との出会いという訳ではないけれど。
モネの絵を見ていて、ある本を思い出した。
そして、その本を初めて読んだのが8月の終わりだった事に気がついた、6年前の。

ただいま8月30日、23時24分モスクワサマータイム。
6年前なら今、僕はムーンライト越後で新潟に向かっている。
まだ彼女にメールができた、ぎりぎりの時間かな。

こんな夜は文章を書いたり、本を読んだりする。
サンクトペテルブルグのペテロフスコーゴ大学寮にて。
同室のロシア人ウラディミールが、腕立てを始めた。
意味不明な、ナイスガイ。宇宙科学専攻。
文章を書きながら、時々内容を説明してやる。

明日はバスでラトビアへ。


(追記)

ロシア出国で。
最後の最後にトラブル。
ロシアのサンクトペテルブルグからラトビアのリガまでの夜行バス。
日付をまたいで9月になって。
オリオン座が東の空に半分だけ見え始めた頃。
ロシアお、ラトビアの国境へ。

乗客は全員下ろされ、荷物を全て持って列を作る。
順調に列が流れていたが、やっぱり捕まった。
僕だけ列外に出されバッグを開けろと。
バッグを開け、係官のチェックを注意して見る。
「OK」とのこと。
こちらも「OK」。
チェックする振りして抜かれたものはなさそう。

次にイミグレ手続き。
人の良さそうな(比較的)女性の係官の列に並ぶ。
ダメ、また捕まる。
パスポ-トに出国のスタンプをもらう段になって、なかなか押してもらえない。
通常ならパスポートの顔写真と実物を見比べてハンコをバン、
儀式みたいなものなのだが、なぜか駄目。
何かファイルをくっている係官。
どこかに電話をし始めた。
恰幅のいい上官が登場。
同じバスの乗客はもうみんなバスに戻ってしまった。

いろいろと言われるが全てロシア語。分からない。
何が問題なんだと聞く。
ビザの問題なのか、バウチャーなのか、インビテーションか、レジストレーションか?
何が問題になって僕だけ残されたのかと。
「ニェットプロブレーム(ノープロブレン)」だと。
ますます分からない。
ただ待つこと30分。
幸いバスドライバーは待ってくれている様子。

やっとパスポートが戻って来た。
もう行っていいよと、女性の係官が。
何が問題だったのかともう一度聞いてみた。
彼女は僕のパスポートを繰って、
「ここのスタンプが滲んでいる」と。
確かにラオスのバンビエンでパスポートを濡らしてしまって、
一部それ以前のスタンプが滲んでいるのだ。
でもそれは3年も前の話。
以来いくつもの国境を越えて来たけれど、
そんな滲みが問題になった事は一度もない。
それとパスポートの状態が悪い(ボロボロと)。
剥がれかかっているページがあると。
なるほど、確かにそれは僕が悪い。
でも、なんだかなぁ。
大騒ぎするほどの事だろうか。

とにかくロシアを出国。
さよなら。ロシア。

今朝、サンクトペテルブルグ(旧レニングラード)に到着しました。
モスクワは一泊だけ、走り抜けた感じです。
心配していたニセ警官には会いませんでした。

アジアからヨーロッパに入って。
やはり自分が、アジア人なんだとより強く感じる。
電車に乗ったり、パンを買ったり。そういう時に。
でもそれはそういうものだから。

明日はエルミタージュ美術館に行く予定。
ちょっとワクワク。


(追記)
モスクワからサンクトペテルブルグまで同室だった高校生くらいのロシア人たち。
言葉は分からないけれど、君たちがどういう話題でげらげら笑っていたのかは検討がつくのだよ。残念ながら。
人種的偏見、あるいは肌の色、瞳の色などを何かの判断材料に使うという事、
それは大抵の人の心に存在する何かだ。
僕の中にも、それはある。
しかし悲観する必要は全くない。
これは全く克服できる物だ。
僕が韓国人、アジアの人に対してほぼ克服したように。
大事な事はその海の中で、
ただ溺れているのか、泳いでいるのかということ。
溺れているのなら岸に泳ぎ着く事はないだろうし、
泳いでいるのなら色々な事に気づくはず。

日曜日。
モスクワのクレムリン、赤の広場を見学。
中学の時、短歌をつくる宿題があった。
「雨上がり、赤の広場に咲く花は、、、」
たしかソビエト崩壊かクーデターの時だった。

その赤の広場にこうして今立っている。
アイスクリームを食べながらお釣りの小銭を数えている。
面白い。

モスクワの地下鉄は、深い。
エスカレータがあるのだが、高い。
東京の南北線や永田町駅も深いと思うが、あんなものではない。
下が、あるいは上が見えない。
上から下へ、たっぷり2分15秒かかりました。

モスクワの地下鉄は、早い。
発車してからトップスピードに持っていくまでが。
横Gが、重力がすごい。
発車時、停車時は手すりを掴んでいないと危ない。

モスクワの地下鉄は、暗い。
照明が常に寝るときの「オレンジ」状態なのだ。
なんだか沈んで見える。

とにかくモスクワ。
赤の広場周辺ではよくニセ警官が出没して、
パスポートチェックをしながらどこかに連行されるという話を聞いていたので
かなりびびっていた。
最悪の場合の賄賂用に10ドル別に用意していたほど。
ふう、何もなくてよかった。

(For Tourist)
モスクワからサンクトペテルブルグ。
僕は前日にLeningradsky Vokzal(レニングラード駅)で購入。
シベリア鉄道で東から来たのならYaroslavsky Vokzal(ヤロスラブ駅)に着くので、
そこから徒歩5分ほどでレニングラード駅。ついでに買えます。

KUPEではなく一つのコンパートメントに6人が向かい合って座るもの。
座席は全くリクライニングせず。
自転車を置くスペース、コンパートメントの中にはなし。
330ルーブル(約1330円 1ルーブル=約4円)
一日に何本も列車が出ている様子。
僕の乗った列車は夜9時発翌朝7時着。
快速も出ている様子。

シベリア鉄道、ウランバートルからモスクワに到着。
101時間、6600キロの長旅。

始まりは永遠に思えてもいつか終わる。
それは一日でもそう、一年でも。
シベリア鉄道でもそうだった。
旅行でもきっとそう。
全て、いつかは、もう終わっているんだということ。



(For Tourist)
もし、ウランバートルのレジェンドツアーでビザをとっていて、
さらに、モスクワの滞在先がHOTELガンマ、あるいはHOTELデルタなら。

気をつけて下さい。
地下鉄の駅の名前が変わっています。
Dhianaがウランバートルでくれる地下鉄の地図は2000年のもの。
その地図では、ホテルの最寄り駅が「IZMAYLOVSKY PARK」となっていますが、
「パルチザンスカヤ」に名前が変更されています。
ヴァウチャーのホテル住所欄には訂正がされていましたが。
地下鉄3号線になります。環状線が5号線。

ホテルはさすが3つ星。
英語可で部屋も清潔。
お湯が出て、なんときれいなバスタブまで!(当然か、、、)
レジストレーション(外国人登録)は1時間ほどパスポートを預ければ完了。

8月26日
シベリア鉄道、四日目。
毎日車窓の景色を見ていると、時間の感覚がおかしくなる。
例えば、朝、どこかの駅でパンを買ったのだが、それが昨日だか今日だったか、
全く分からない。
変わらない車窓の景色、
変わらない停車駅、
変わらない乗客の顔、
全て一緒くたに溶け込んでしまう。
モスクワまで2026キロの標識を見る。
3分の2ほど来たか。
部屋から出て来たザヤと笑顔を交わす。
トイレを待っている様子。
ガタイがいい。
ケンカしたら負けるなぁなんてくだらない事を。

モスクワまで2025キロ。
いつか誰かもこの標識を見るんだろうな。




(For Tourist)
シベリア鉄道情報。
食事について。
食堂車は高くておいしくない。
ちゃんとしたメニューなら180ルーブルくらいから。
サービス税がかかるので200ルーブル(約800円)に。

お湯はいくらでも使えるので、
僕はインスタントラーメンばかり食べてました。
もちろん鍋を持ち込んで。
モンゴル人はたいていパンとソーセージ、キュウリ、トマトなどを持ち込んで
サンドウィッチを作って食べいた。
食料とお菓子は豊富に持ち込んで下さい。

途中駅で停車時に買い物できますが、
食料はあまり豊富でない感じ。
ビール、煙草などが多くて。
しかも、高い。もちろんルーブルのみです。

電気プラブは車両最後尾とトイレの中にあります。
トイレは清潔。
一車両を一人の車掌さんが管轄するのですが、
その人が掃除などをしているので、その人次第かも。
停車時、国境付近ではトイレに行けません。
モンゴル、ロシアの国境越えは時間がかかる。
スフバトール(モンゴル側国境)からナウシキ(ロシア側)まで、
6時間くらいトイレに行けないと思った方がよい。

車両の中に停車駅、その駅で何分停車するのか、掲示されているので、
安心して途中駅で買い物できます。

国境越えの時のカスタム申告書類について。
オール、ロシア語です。ノーイングリッシュ。素敵!
露和辞典を持っていくか、ロシア語の堪能なモンゴル人を頼って下さい。
ちなみに
名前、国籍、パスポートNo.、子供を連れているかどうか、
荷物の数、危険品を持っていないか、高価な荷物の詳細、
ドラッグを持っていないか、酒を持っていないか、などです。

乗客はロシアに向うモンゴル人商人、学生などが多い。
モンゴル人にロシア語を習いましょう。
あとは旅行者。
少し修学旅行みたいなノリ。