般若心経 翻訳 羯諦羯諦 波の音 シャーリプトラ | じゅんのブログ

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般若心経について、思うことを書いています。

 

 

 

前回、シャーリプトラ、そして修行を共にする仲間に般若心経の神髄であるマントラ「呪文のお言葉」を授けた観自在菩薩さま。
その後の反応をシャーリプトラにこっそり聞いていました。

 

観自在菩薩さまとシャーリプトラの会話

観自在菩薩さま→『』  シャーリプトラ→「」 

 

『シャーリプトラさん、この間のアレはどうでしたか?』

 

「あの呪文のお言葉ですね?ザザーン、ザザーンの」

 

『そうそう。皆の反応は?響いていましたか?』

 

「そうですね・・・皆ポカーンとしてましたね、正直に言いいますと。え?何?なんで波の音なの?そのまんまじゃない?・・・というような反応でしたね・・・。」

 

『そうですか・・・。そうですよねぇ、うーん・・・』

 

「あ、いや、でも私が補足しましたから!ち、ちゃんと観自在菩薩さまの真意は私が・・・!だから大丈夫ですっ」

 

『へえ、あなたが?それは気になりますねぇ。どんな補足をしたんですか?』

 

「いや、あの、補足というか・・・!失礼いたしました!私の体験をもとに私なりに、あの呪文のお言葉の意味を皆に伝えました!」

 

『いいからいいから、聞かせてくれますか?シャーリプトラ』

 

「はい、あのあと私は浜辺であのお言葉について考えておりました」


「私自身もあの波の音を模したお言葉はどういった意味だったのかと自分に問うていたのです・・・そして・・・」


「答えが出ないまま帰ろうとしたところ、遊びに来ていた子供とその母親が目にとまりました」


「子供は砂浜に絵を描いておりました。上手に描いておりましたのでそれを母親に褒めて欲しかったのでしょう、母親を大きな声で呼んでいました。しかし母親がふり向いたとき、その絵は波にさらわれてしまったのです」

 

『あらあらかわいそうに・・・それで?』

 

「子供は泣いていましたが、母親は笑ってその子の頭をなでていました・・・」


「それを見ていた時、ふと、私は思ったのです」


「この母親は、ある意味では観自在菩薩さまと同じ視点なのだと」


「砂に描いた絵は戻りませんが、また描きなおせます。母親はそれを知っている。だから微笑んでその子を包んであげることができます」


「子供はただ、自分の絵を見て欲しかった、それが叶わなかった。だから悲しい・・・そのような気持ちでいたことでしょう

『シャーリプトラ、あなたはそこになにか掴んだようですね。続けてくれますか』

 

「はい、たとえば私たちが老いて死にゆくとき、なにかが叶わずに後悔があったとしても、ふたたび生まれ変わり、人生をやりなおせることを知っていれば、あの母親のように微笑んで人生を送ることができるのではないでしょうか?」


「ただ悲しい・・・ただ苦しい・・・自分の人生が一度きりで、何もやりなおせない、後悔や失敗を何も取り戻せないと信じていたら・・・やはり泣くことしかできないのではないでしょうか」

 

『素晴らしい!そうです。両者は同じ現象を見ながらもまったく反応が違うのです。信じているものが違うからです。視点が違うからです。シャーリプトラ・・・あなたはこの世界で起きていることの、まさに縮図を見たのです!』

 

「・・・ありがとうございます。私はその体験を皆に話しました。あの波の音の呪文、そのお言葉の真意は・・・」


「私たちの人生は、砂に描いた絵のようである。波に乗ってこの世界にやってきて、自分の人生を自由に砂に描いて、やがて次の波で帰っていく。」


「だから人より何かを持っているとか、人より偉いとか、成功したとか失敗したとか、老いたくないとか、死にたくないとか、そのようなことで心を悩ませてはいけないと。」


「いずれ波にのまれて消える儚い、砂に描いた絵のような人生だからこそ、逆に大切に、そして自由に生きていきなさいと」


「思い悩んだとき、そのときにあのザザーン、という波の音を思いだしなさい。そのようなことを観自在菩薩さまは伝えようとしていたのだと」


「そう皆に伝えました・・・合っていますでしょうか・・・?」

 

『シャーリプトラ・・・』

 

「はい」

 

『シャーリプトラ・・・』

 

「は、はい・・・・・・?」

 

『正解・・・!大正解!!うう・・・わかってくれたんですね・・・』

 

「菩薩さま!えっ?」

 

『よくがんばりました!よく気が付きました!さすが!さすがです!シャーリプトラ~・・・!!!』

 

「あ、あははっ!菩薩さま、ちょっと・・・泣かないで・・・!」

 

おわり

というわけで

観自在菩薩さまとシャーリプトラにそんなやり取りがあったかどうか定かではないですが、前回の記事で
「ガーテーガーテー、パーラガテー、パラサンガテー」を
「ザザーン、ザザーン、シューザザーン、シューーーズザザザーン」
とわたしが翻訳しましたが、これがその補足説明になります。

 

先日、久しぶりに娘と海を見に行ってきました。
冬なので人もおらず、静かな海でした。
おだやかにザザーン、ザザーン、と打ち寄せる波の音を聞きながら娘と散歩しました。そして地元のお寺に大きな仏像があるのですが、お参りに娘も付き合ってくれます。娘は「今日はすごく笑ってるねー」と仏様を見ていいました。わたしも顔を見ましたがほんとうに笑っているように見えました。