はじめまして
本日(2026年2月17日)、ブログを始めました。じゅんと申します。
まず、はじめてなので使い方がまったくわかりませんが、投稿していきながら慣れていこうと思います。
わたしがやりたいこと、目的
ここでは、般若心経のわたしなりの翻訳をしていきたいと思います。
本やネットの翻訳では「ちょっと腑に落ちない」そんな方もいらっしゃるのではないでしょうか。
わたしがやりたいことは、わたしが発見した般若心経の真理のわかちあいです。般若心経を現代の言葉に変換し、また情景をくわえることで伝えやすくして「知識」から「体験」へと変換したい。そういう思いです。
ほかの翻訳を否定するのではなく、正しい翻訳というわけでもなく、わたしが信じる世界観です。
般若心経
あるとき、観自在菩薩さまが
深い深い、やすらぎの境地へと入っていく瞑想中に
自らを織りなしている糸がひとつひとつほどけていき
やがて宇宙の根本のエネルギーまでたどりつき
そのエネルギーの海の中で、本当のやすらぎとは何かを知ったのでした。
そしてある日、観自在菩薩さまは、穏やかに寄せては返す波の音が聞こえる砂浜に修行中の皆をあつめ、私にこう言ったのです。
「シャーリプトラさん、物質とエネルギーは、じつは違うものではありません」
「物質を紐解いていくとエネルギーになり、エネルギーを寄り合わせると物質となって現れるのです」
「この世界にあるもの、あなたが見ているものは すべてそのエネルギーの海からやってきたさざ波のようなものなのです」
「シャーリプトラさん、あなたの目の前にあるこの海は、増えることも減ることもありませんね?」
「時に凍り、時に雲になり、時に雨になり、時にあなたを潤し、時にあなたの涙となって、循環していることがわかるでしょう」
「物質とエネルギーの間でも、これとまったく同じようなことがおこっているのですよ」
そしてこう続けました。
「あなたが見ているこの海は、目も耳も舌もありません。考えることもありません」
「見たり聞いたり、笑ったりもしません」
「何か食べておいしい、とか、子供の髪をなでてやわらかいと感じることもありません」
「そのようなことを知覚することはないのです」
「その海はすべてを理解しているので、迷いや悩みをかかえることはありません。ですが、あなたが迷い、悩み、そして成長するといった機会を奪うことはありません」
「その海は老いることも死ぬこともありません。ですが、あなたが老いて死に、また生まれ変わって新しく生きる、といった機会を奪うことはありません」
「その海はもう満たされているため、私たちのように苦しむこともなく、苦しみから逃れようともしません。その必要がないからです」
「その海はこれ以上知るべきことも、得るべきものもないのです。あなたがたが見ているこの海の、どこに不足があるというのでしようか?ありませんね(笑)」
観自在菩薩さまはそう言って皆に優しく微笑みました。
そしてまた続けます。
「菩薩と呼ばれるようになった方々は、皆このことに気づき、悟った方なのです」
「私たちが海から来て、また海へ帰るだけだと知っていれば、人生において必要以上に心配し、怖れることは何もないと気づいたのです」
「あれこれ心配し、起きてもいないことに心を惑わすこともありません。そのような心の境地にたどり着いたのです」
「これは、過去に菩薩になった方々、今生きているあなたがた、そして今後、菩薩とよばれるようになる方々もみなこのような悟りを得るのです」
「そうしてこの大変な世界で生きていながらも、心のやすらぎは忘れずにいられるようになるのですよ」
そして一通り皆の顔を見渡した後、そのやすらぎへと導くための呪文のお言葉を私たちに授けてくださいました。
それはこの世界でもっとも偉大で、もっとも明快で、もっとも力強いお言葉です。
それを今からお伝えします。よく聞いてください。
『ザザーン、ザザーン、シューーーザザーン!、、シューーーーー、ズザザザーン!!』
あなたが思い悩むとき、道が見えなくなったとき
この波の音が、あなたをあなたの海へと連れ戻してくださいますように。
般若心経
いかがでしたか?
以上が私が思う般若心経です。
いろいろ説明的になるのを抑えて、視覚的イメージ優先、雰囲気優先でお届けしたつもりです。ここまで読んで下さりありがとうございました。
ちなみにイラストはAIと会話しているときに、こういうのがあったらとお願いしたところ生成してくれました。
なぜこのような翻訳に至ったのか
ずっと引っかかっていたのは、マントラの部分「ガーテーガーテー、パーラガテー、パラサンガテー、」です。これって何だろう?と思いますよね。本やネットでは、「音が大事だから訳してはいけない」そのように書いてある場合が多いです。「ただ唱えればいいのです」と。
あるいは「行こう、行こう、彼岸へ行こう」などと訳されています。
そうなんだ・・・と思いつつもわたしにはそれがピンと来なかったのです。
色即是空空即是色
わたしは思い悩むとよく海を見に行っていました。
日の光を受けてキラキラ輝く水面を見ると、人生の悩みや苦しみが、ほんの少し癒える気がしました。わたしの心にはいろんな海がありました。
あるときふと思ったのです。
「ガーテーガーテー」って・・・波の音じゃない?
砂浜にいると、そのように聞こえるのです。
「シューーー、ザザーン」と、引き波を巻き込んで、あらたな波が打ち寄せる音を何度も聞きました。
「パラサーーーン、ガテー」と聞こえなくもなくない?そう思ったのです。
そうすると、「色即是空空即是色」が寄せては返す波のように、わたしには見えたのです。なぜそのような形に、そのような並びになっているのか解った気がしました。
そうして気が付くともっと般若心経が大好きになっていました。
今後もまた、この翻訳についてお話できればと思います。
お付き合いいただきありがとうございました。