こんにちは!

kiinaco*キナコです!


さて、久々の割には

ちょっと小難しい話をニヤニヤ


「責任感が諸悪の根源である」


こんな、

一見「はっ?ポーン」と耳を疑いたくなるような

文章が書いてあったのは、


「神の数学」という本です。

ジェームス・スキナーという方が書いた本なのですが、この方は自己啓発本のはしりと言っても良い、

あの「7つの習慣」を和訳した方だそうですニヤニヤ


この本によると、

「責任感は奴隷制度だ」

とまで書いてあるのですポーン


「責任感がある」のは美徳であり、

そうであるように教育されてきましたし、


「あなたって責任感があるよね」は

どう考えても褒め言葉で、


その逆に

「あなたって無責任だよねキョロキョロ」は

かなりの侮蔑の言葉ですよね。


ですが、「責任感あるよね!」は

一見すると、このように褒め言葉であり、

これを言われると嬉しい反面、


ちょっとチクッとどこかが痛んだり、

キュっと苦しい感覚があったりしませんか?キョロキョロ


これはなぜかと言うと、


責任感が原動力となって

何かをやる時というのは、多くの場合、


自分がやらなければならないこと、

やるべきだと感じていることである一方、


やりたいこととは限らないけど

自分がやらなきゃと思うこと」


である場合が多いキョロキョロ


やりたくないけど

やらなきゃいけないと思ってやっていること。


いわゆる「義務感」でやっているということ。


この義務感っていうものを発動させて

物事に取り組んだり、業務をこなしていると、

いつのまにか、、、


落とし穴に陥る滝汗


一つ、例え話としてあるのが、


付き合っているカップルがいました。


彼女の方が、


「あなたは私の彼氏なんだから、

クリスマスのディナーに連れて行ってくれるのは

当たり前であり、それは義務よね?キョロキョロ

と思っていた。


そしてそれを彼氏に言ったり、

匂わせていたりする。


彼氏のほうは、


「彼女をクリスマスのディナーに連れていくのは、自分の義務であり、責任を持って連れていかねばならないのか、、ショボーン」と受け取る。


「クリスマスディナー」というもの自体は

それまでは0の状態であり、

プラスでもマイナスでも無かったが、


「クリスマスのディナーに連れていくのが

彼氏としての義務なんじゃない?キョロキョロ」と、


彼女が思い始めて、

それを彼氏が「義務・責任」と受け取った時から、


ディナーが実行されるまで、


このカップルにとっては、


「クリスマスディナー」というものは

マイナスの位置付けになるのだ。


まだ実現した訳ではないので、

彼女にとっては「満たされてない」のでマイナス。


彼氏にとっては「義務を果たしてない」から

マイナス。


そして、当日、

彼氏が彼女をクリスマスディナーに

無事に連れていけたなら、


プラス転じるのか?というと、


答えは、、、、


「0」に戻っただけ


えっ!彼氏、頑張ったんじゃないの??ポーン


と思うかもしれないけど、

マイナスだったものが「埋まった」だけなので、

それは0だ。


じゃあ、

彼氏が何らかの理由で、

その彼女の「期待」を裏切り、

クリスマスのディナーに連れて行けなかったら

どうなるか?


当然、マイナスが埋まらないので、

そのままマイナスであるキョロキョロ


そして彼氏のほうには「罪悪感」という

オマケまで付いてくる滝汗


これは、

彼氏が彼女のために「やってあげたい」と

自発的に思ったことがスタートではなかったので、


向こうから「期待」された結果、

「責任感」「義務感」によって

動かされたことによるからだ。




じゃあ、


彼女からクリスマスディナーを

求めてきたわけではなく、期待もしていなかったら、


彼氏が自発的に

「彼女をクリスマスディナーに連れて行こう」

と思ったならどうだったのか?


クリスマスディナーは

前回と同じ0の位置にいて、


たとえ、

クリスマスディナーに連れて行かなかったとしても

両者とも0のままでマイナスにはならない。


この状態で

クリスマスディナーに連れていって初めて、


プラスに転じるのだびっくり


彼女もそもそも要求していた訳でもなく、

不足感を感じていた訳でもないので、


0の状態に嬉しいことが積み重なるのでプラス。


彼氏の方も義務を果たした訳ではなく、

0の上にやりたいからやっただけなのでプラス。


**************


自分がやりたくないことや

本来やらなくても良いことを、


義務感や責任感が発動して、

「自分がやるのが当たり前」にしてしまうと、


それをやらなかった時には、

周囲からは、

マイナスのレッテルを貼られてしまうのだゲッソリ


良くあるのが「家事労働」かな〜と思います。

日本の多くの家庭は未だに、

「家事は奥さんがするのが当たり前だ」

との認識があり、


夫や子供は当然そう思っているし、


妻も「そういうもんなんだな」

と思っていたりすると、


ある日、妻がうっかり夕ご飯を作っていなかったりすると、夫も子供も


「何でご飯作ってないの?」

と責めるようになる。


妻は「ちゃんとご飯を作れなかった自分」と、

自分を責めるようになる。


そして、これが続くと、

そのうちに、

周囲に強制されているように感じはじめて、


その周りを憎むようにもなってきてしまうムキー


責任感や義務感で動くというのは、


不毛なサイクルのスタートになります。


好きでやっているわけではないのに、

「それをやるのが当たり前の人」と見なされ、


本来やらなくても良い「それ」を

やらなかった時には、

「無責任だ」と言われてしまう滝汗


こんな理不尽なことを引き起こすのが、

「義務感」や「責任感」からの行動です滝汗


だから、この本の著者は、


諸悪の根源とまで言っているのです真顔


逆に、

「他人に期待する」のも、

マイナスを作り出す原因になり、


自分を陥れる落とし穴です。


そもそも、

「自分のために相手がそれをやるのは当然だ」

ということは、世の中には一つもなく、


唯一成立しているのは、

1人で生きていけない子供が

親に対して言えるくらいです。


そのくらい、

「誰かが何かをやってくれて当然」は無い。


と思うと、


いかに多くのことを

他者に「期待」して生きているかということ。


まあ、この「期待」があるから、

人生楽しめているというのもありますがニヤニヤ


でも、この期待は

マイナスしか生まないのも確かで、


勝手に「0」から期待してマイナスに転じさせて、


あわよくば相手が叶えてくれたら、

「0」に戻るけど、プラスになる訳ではなく、


「叶えてくれなかったムキー」と勝手に怒り、

マイナスに居続けることのほうが

多いのかもしれませんキョロキョロ


やりたくない事を

「義務感」と「責任感」だけで動いていた結末。


または、

相手に期待し過ぎた結末。


これが何一つ良いことを生まないのは明らか真顔


他者や環境に「期待」を持つのは、

自らをマイナスに持っていくことです。


「期待しない」は「諦めること」と

イコールではありません。


期待しない🟰「0」にいることです。


さて、どうやって自分を

コントロールしていきますか?ニヤニヤ


そんなことを教えていますよニコニコ

下矢印下矢印下矢印下矢印下矢印

自分の生き方の軌道修正をしませんか

目から鱗の法則を教えますウインク

下矢印下矢印下矢印下矢印下矢印



こちらも募集してますよ!

下矢印下矢印下矢印

新しい占星術レッスンはこちら


最近あまり宣伝もしていませんけど、

対面セッションもやってますのでニヒヒ