こんにちは!

kiinaco*キナコです!


さて、今日は不思議なタイトルです 笑


「孔子(こうし)」って、

恐らくほとんどの人が

名前くらいは聞いたことあると思いますが、


では、どんな事をした人なのか?


これを答えられる人は

半分くらい?

それともそれ以下ですかねニヤニヤ


私も実は、

そこまで詳しくは知りませんが、


一言で説明すると、

「儒教(じゅきょう)」という「教え」を始めた人。




中国の紀元前770年〜紀元前403年までの

春秋戦国時代に生きた人です。


この頃の中国というのは、名前の通り、

大国「周」が滅びた後、

覇権争いが約370年間も続いた時代。


弱肉強食のカオスな時代でした。

「キングダム」は、まさにこの頃の話ですニヤニヤ


こんな時代に生まれた孔子は


人への思いやり(仁)と、

礼儀や秩序の大切さ(礼)


を、説きました。


これが「儒教」の教えのベースになっています。


もちろん、この教えは日本にも伝わりました。

西暦513年の古墳時代に伝わったとの公式見解があり、(もっと早かったとの説もある)


なんと、

西暦538年に伝わったとされる仏教よりも早いびっくり



今の日本の外国人問題は、


彼らの一部が、この「仁」と「礼」が

著しく欠けている行動を取るからではないですか?真顔


多くの日本人がこれらを不快に感じるいうことは、もう日本人の中に、


「仁」や「礼」が、

しっかりと根付いているということ。



泥棒してはいけない

人を◯してはいけない


というものから、


ゴミは分別しなければいけない

電車で携帯で喋ってはいけない

スピード違反をしてはいけない


というものまで、


「なぜやってはいけないの?」

という問いに、


「それは、『いけない』から『いけない』のです」


というのが「儒教的」な答え方になる真顔


これらはすべて、

人のことを考えずに、

自分の利益から発した行為である

ということから、


孔子が説いている「義」(秩序に従い、欲望追求を抑制する働き)」に反するから。


好き勝手にやってるなら、

それはもう「人以下」である、みたいな一文を

孔子が残しています。


立派な人は真っ先に正しいことを考える。

劣った人は真っ先に利(自分の利益)を考える。

(里仁編)


ここで言う「正しいこと」というのは、

あくまでも孔子が説いている「正しいこと」です。


戦国時代に生きた孔子が

このようなことを大切に感じたのは無理もないし、


秩序やルールがあるから、

集団であっても安心安全が守られる。


一方で、


・親孝行する

・目上の人を敬う

・根性で頑張る

・自分の欲望を律する

・人助けをする


これらもすべて、

孔子が説いている教えなのですが、


こう書き出すと、

正直モヤっとする人いませんかねニヤニヤ


昭和の頃なら、

標語になっていたようなフレーズニヤニヤ


で、平成になり、

廃れていったフレーズ。


で、


令和になって、

あり得ない常識を持った新人くんなどが現れ始めると戦慄を覚え、「もしかしたら昔のやり方のほうが良かったのでは、、?滝汗」なんて思い始めていたり。


今までの常識が通用しない新人くんに戦慄を覚えるのも、仕組みは外国人に感じるのと同じ、


仁や礼が欠けていると感じるから。


とは言え、


じゃあなぜ、

これらのフレーズを聞いてモヤつくのか?


なぜなら、割と多くの人が、


これらのせいで苦しかった経験をしているから


今日の題名になっている、

「全部孔子のせい」は、


私の友人が鑑定時にお客様に発した言葉です笑い泣き


彼女も人からの相談を受けるお仕事をしているのですが、


私もそうですが、

よくあるのが親子関係の相談だそうで。


私たちくらいの年代の人が

親の相談にくる。


ずっと親との折り合いが悪い。

向こうはそんなつもりは無いだろうが、

こっちは傷つけられていると感じる。


そんな親を疎ましいと思ったり、

大切に思えないのは、


自分が未熟だからなのかも、、。

親を大事に思えないなんて、自分は悪者だ、、。

愛の無い人間なんだ。性格が悪いのだ。


こんな風に自分の落ち度として捉え、

親を大切に出来ない、大切に思えない罪悪感で、


苦しんでいる人は多いのでは?キョロキョロ


では、その孔子が、

めちゃめちゃ親孝行していたのかというと、、


恐らくそうではない


意図的にしなかったのではなく、

正確には「出来なかった」のだろう。


孔子は父親は3歳の時に、

母親は17歳の時に亡くしている。


親との縁は薄いと言わざるを得ない。


そんな孔子が

「親孝行せよ」というのは、

ある意味では説得力はあるけど、


その一方で、


長く親と関わっていく中での葛藤や苦しみは

味わったことは無いのは事実だろう。


それなのに、彼は

後世に甚大なる影響を残したおかげで、


その中の教えの一つである、


「親孝行せよ」「親を何よりも大事にせよ」も


強大な、一種の呪いのように、

後世にのしかかってきているのだ滝汗


親と一緒にいると苦しい、、

出来れば離れたい、、

会いたくない、、


だけど、そんな風に思う自分は悪だショボーン

人間性がダメなんだショボーン

未熟者だショボーン


と自分を責めて罪悪感でいっぱいになる。


・親孝行する

・目上の人を敬う

・根性で頑張る

・自分の欲望を律する

・人助けをする


これらが実行されれば、

それはそれは世の中は秩序によって、

健全に保たれるだろう。


ただ、

「これを守るために相当無理をしている」

「これができないことによって罪悪感に苛まれている」


という代償の元に成り立つのかもしれない。


では、孔子は、

親や人に尽くせよとは説いているけれど、


「自分を大切にせよ」と説いているのか?


実はちゃんと説いているのですが、

ちょっと想像していた感じとは違いますキョロキョロ


どう言っているのかというと、


「人間としての生き方の根幹として、自分自身を傷付けず、高め、大切にしなければならない」


と言っています。


なぜなら、、、


「私たちの身体は髪の毛一本、皮膚一枚に至るまですべて親から頂いたものである。自分の身体を傷付けたり、痛めつけたりしないことが、親孝行の第一歩である」


だそうだ 笑



もちろん、孔子の教えは素晴らしく、

それにより現代でも、

特に日本では「秩序」が保たれていたり、


孔子の教えにより、

人格者が生まれたりもしたでしょう。


ただ、

これらの教えが一人歩きしている部分もあり、


それらが、「一般常識」というものにすり替わり、呪いのようになっているのも事実真顔

同調圧力になり変わっているものもあるだろう。


人の親となるには不適合な人格の人も、

なる時には「親」になります。


そして、そこに生まれてしまった子供は

当然苦労するでしょう。

散々苦労した挙句、


そこに外部からの

「とは言え、親だからね」


という、呪いの言葉が容赦なく放たれる。


その呪いを生んだ当の本人(孔子)は、

実は親との縁が薄かった、、とあっては、、、。


そりゃ、、、、



全部孔子のせいだから!!ムキームキームキー


と言いたくもなるでしょうよニヤニヤ

コウシヨ、ドウセキニントルンダヨ、、、。


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自分の「動かし方」がわかる!

「バイオアストロロジー」


乞うご期待ウインク


kiinaco*キナコ