「悲劇の自分」を演じ続けてしまう理由 | 受験コーチ池田潤が教える参考書学習法

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自分を認めたり、大事にできないと、「どうせ」という言葉を使ってしまうようになります。


どうせできない


どうせ俺なんて


どうせ私には才能がないから


という感じで、すねてしまって、いじけてしまうのです。


自分自身に対して。


で、周りが「才能に溢れていて」「楽して何でもできて」というストーリーを勝手に作り上げて、


悲劇の主人公、悲劇のヒロインになってしまいます。


自分は可哀想な奴で、自分だけが不幸で。


で、自分がその「悲劇の」であることをアイデンティティにします。


すねて、ひねくれている自分が、「自分」になってしまう。


だから、周囲が「お前はできる」とか「やってみなきゃ分からない」といくら言っても、


大抵は無駄に終わってしまいます。


なぜなら、その「すねている」自分がアイデンティティだから。


「いやいや、でも…」


「んなことねえし」


と、認めているのになぜか怒ってたり。


むしろ、後押しをする人がその人にとって「優秀な」人であれば、


「お前だからだろ」「いいよな、お前はできるから」となっちゃう。


そこでもすねちゃう。のです。イライラしちゃう。


すねることをやめてしまったら、今までの自分を「情けなかった」と認めることになります。


そんなことはできません。


今までの自分を否定することは一番嫌なんです。


実は、「できる」と思いたくない。


「やってもできない自分」でいたい。


だから、その証拠を色々と見つけ出します。自分から探します。


で、「ほうら、やっぱり僕には才能がないでしょ。上手くいく人は才能のおかげでしょ」と自分を納得させます。


で、周囲がそんなことないよ、と言うとその必死で探してきた証拠たちでアピールしてしまいます。


全部、結局はすねて、いじけてしまっているだけ。


でも、ホントはどっかで「できるんじゃないか」とも思っている。


ホントは「欲しい」ものがある。


周りに自分が知っている自分の良さを本当は知って欲しい。


それを、すねることでアピールしている感じ。


例えば、子供たちでもそういう子っているじゃないですか。


お母さんにかまってもらえなくて、「もういいもん!」みたいな感じでいじけている子。


女の子で、好きな男の子にかまってもらえなくて「知らない!嫌い!」とすねている子。


その子たちの本当に気持ちって何でしょう?


本当は好き


でしょう。


好きだから、すねるんです。欲しいから、いじけるんです。


大事なことは、その好きだという気持ち、欲しいという気持ちに素直になること。


いじけてないで、すねてないで。


自分のその気持ちを大事にしてあげること。


その自分の気持ちを大事にするとは、前に向かってみることです。


周りの人なんてどうでも良くて、


ただ自分が欲するもの、好きだと思うものに素直になること。


いじけてないで、すねてないで、行動を起こすこと。


前に進んでいくこと。


できるできないじゃなくて。


「どうせ」とか言ってないで。


別に人より要領が悪くてもいいし、人より時間がかかってもいいし、


失敗したっていいんです。


失敗したっていいから、自分の本当の気持ちを大事にしてあげましょう。


それだけで、人生は少しずつ前に進んでいきます。


それでは、今日はこのへんで。