今、大阪ですが、今日はこれから東京へ向かいます。元SIP生と会う予定。
プログラムが終わってからもこうやって集まることができるのは嬉しいことですね。
今回の新プログラムもそういったものになればと思っています。
直接的に関わる機会もどんどん作っていきます。
ネット上だけで完結するのではなくて、ご飯を食べたり、何かに一緒に参加したり、カフェでセッションしてみたり。
そんなことまで可能なプログラムにしていきます。
では、今日の本題。
ずーと言っていることなのですが、世の中にはネガティブな情報が多く、人を一定の価値観で判断したり、値踏みしたりする空気があります。
人の価値を学歴で判断したりとか。
大学というのはその人が自分の人生を生きるための通過点であり、一つの手段なわけですから、
大学が不要な人は高学歴になる必要は全くありません。
であるにも関わらず、学歴という一つの社会が定めたモノサシで人間を判断する、ということがおかしいことは分かると思います。
一番良くないのは、そうやって学歴で人の価値や能力を判断することで、自己評価が下がってしまうこと。
「オレなんて所詮、この程度…」と思ってしまうことで、どんどん夢や目標が小さくなってしまう。
それが一番良くないんですよね。
学歴が高いことは良いのです。しかし、それが人間の価値と直結して考えられるのは良くないし、
大学は「手段」なのだということを忘れないこと。
必要な人は必要な大学に行けばいいし、必要でないなら行かなくてもいい。
ただ、それだけのこと。
もちろん、希望する会社に入るために、就職のために、高い学歴がメリットになるということで、そういう意味で学歴が有利に働くからということを考えることも必要かもしれません。
それも変わってきてはいますが。
そして、まだ明確に何をするかが決まっていないから、できる限り良い環境で学びたい、行くなら上に行きたい。
それも、良いのです。
大事なのは「自己評価」。これを下げられないことです。
自分自身の価値は、学歴では計れません。
学歴と自分の価値を直結させて考えすぎると、上手くいかなかったときに無用な劣等感に悩まされたり、
上手くいったときに醜い優越感に浸ることになってしまう可能性があります。
劣等感と優越感は表裏一体であって、共に「人と自分を比較する」ということが根本にあります。
バカにし、バカにされ、という世界観で生きることになります。
人をバカにすればバカにするほど、バカにされる恐怖が増すことになります。
偏差値というのは「比較」が根本にあるわけですから、その世界観の中で生きてきた私たちはどうしても人と比較する思考を持ってしまいがちです。
しかし、本来人と人は比べられない。
一人一人の人生があり、生き方があり、やりたいことがあります。
私たちは、ただそれを全うするだけ。
自分の人生を、生きていくだけ。そこに比較の思考が入り込む必要はありません。
大学受験も、恐怖からではなく、愛からチャレンジして欲しいと思っています。
比較や、自分の価値を学歴と直結させる思考では、恐怖からチャレンジすることになります。
「この受験に失敗したら自分は価値がない…」そういう思考です。
この思考が元になった勉強は「~しなければならない」が最も大きなモチベーションになってしまいます。
だから、苦しいのです。
しかし、上手くいく人は「あの大学に入ったらこんな楽しいことが待っている!」「あの大学は自分にふさわしい!」「行きたい!」「楽しみ!」そういう気持ちが一番大きい。
これは、「したい!」に基づくので、日々がやりがいに満ち、楽しいものとなります。
そして、たとえ上手くいかなかったとしても、自分を肯定しているので「これもベスト!」と思えます。
プログラム生は、そんな風に考えられる子が多いです。そういうことを伝えてきたからです。
この違いは、すごく大きいと思っています。
私はこういった「愛」に基づく考え方が世の中に広まれば、もっともっと自信や愛のある人たちが増え、
一人一人が自分の才能を生かして生きていける世の中になると思うんです。
一人一人、才能の在処も、役割も、得意なことも、好きなことも、全部違います。
何もかもが違う。
にも関わらず、一定の価値観で、モノサシで人を計ることなどできません。
その一定の価値観の中で上位にいる人は自分を好きで、そうでない人は自分を愛せない。自信が持てない。
それは違うんじゃないか、と思っています。
一人一人が輝けるものを持っているし、才能を持っています。
一定のモノサシで見るから、それが分からないだけです。
あなたはあなたのモノサシで、自分がしたいと思ったことをやっていく。
その場で、自分のベストを尽くす。
それで、いいんです。
世の中から少しでも人を苦しめる思い込みが消えて、人を喜ばせる考え方が広まれば嬉しく思います。