私はユウお兄ちゃんの隣に並んで、廊下をゆっくりと歩き出した。
ユウ「りえちゃんがいなくなると……寂しくなるな」
りえ「ごめんね……。急なことで」
ユウ「謝ることじゃないよ。ただ、最後にひとつ……聞いてもいい?」
りえ「うん? 何?」
私達以外誰もいない廊下に、ユウお兄ちゃんの声が静かに響く。
ユウ「もし、俺が王子として育ってたら……りえちゃんの初恋の相手になれてたかな?」
ユウお兄ちゃんが、真剣な瞳で私を見つめている。
(もし……ユウお兄ちゃんと、あの夏の日に出逢ってたら?)
私は薄く微笑むと、首を横に振った。
そして、ユウお兄ちゃんを真っすぐに見つめた。
りえ「グレンくんのことは……王子様だから好きになったわけじゃないよ」
「好きになった人が、偶然王子様だっただけ」
(きっと……王子様じゃなくても好きになってた)
ユウ「そっか……。そうなのかもしれないね」
「きっと……好きな人が、その人だけの王子様やお姫様になるんだろうな」
「俺にとってりえちゃんが、唯一のお姫様だったように」
ユウお兄ちゃんは、そう言って優しく笑いかけてくれた。
りえ「ユウお兄ちゃん……」
ユウ「最初から、俺に見込みはなかったみたいだね」
「でも、りえちゃんを好きになったことは……後悔してないよ」
りえ「……ユウお兄ちゃん」
全てを受け入れたユウお兄ちゃんの瞳は、穏やかに揺れていた。
最後の最後で素直に語りあえた私達は、グレン王子の執務室の前にやってきていた。
ユウ「もしかしたら……もう会議室に行ってるかもしれないけど」
「グレン様に挨拶していきなよ」
りえ「えっ? でも」
ユウ「今更、俺に遠慮することはないよ」
「荷物、車にのせとくよ。また連絡するから……元気で」
ユウお兄ちゃんは私の肩をポンッと叩いて、優しく微笑みかけてくれた。
そして、振り返ることなく、廊下の向こうへと消えていった。
(ユウお兄ちゃん……ありがとう)
ユウお兄ちゃんと別れた私は、執務室のドアの前で立ちすくんでいた。
(もし、グレンくんが部屋にいたら……なんて挨拶をすればいいんだろう?)
私は考えがまとまらないまま、部屋を軽くノックした。
だけど、グレン王子の声は聞こえてはこなかった。
りえ「やっぱり……もう、会議室に行ったのかな」
「これ……結局、返せなかったな」
私は借りたままになっていたお守りを、ポケットから取り出した。
そして、執務室のドアノブにお守りのひもをかけた。
(このお守りが……グレンくんを守ってくれますように)
私はそんな願いを残して、その場からそっと立ち去った。
アラン「姫、元気でな」
「いつ遊びにきてもいいからな」
見送りにきてくれたアランくんが、瞳に涙をためながら私の服をつかんだ。
私は優しい気持ちに包まれながら、アランくんの頭をそっと撫でた。
りえ「ありがとう、アランくん」
メイドA「りえ様、お元気で」
執事A「りえ様がいなくなると、寂しくなりますなぁ」
りえ「本当にお世話になりました」
私はメイドさんや執事さんに、ペコッと頭を下げた。
そして、周囲をぐるりと見渡した。
(やっぱり……グレンくんはこなかったか)
“最後の最後で逢いにきてくれる”
そんな淡い期待があった。
だけどこの瞬間、その可能性は儚く消えてしまった。
アラン「グレン兄ちゃん……どうしてこないんだよ」
「ユウのヤツも、荷物を置いたらすぐにどっかに行ったしさ」
アランくんは不満そうに、砂を蹴りあげた。
私はそんなアランくんを、優しくなだめた。
りえ「しょうがないよ……。大切な仕事があるんだから」
「じゃあ、行くね」
アラン「姫、元気でな」
りえ「皆さん、本当にありがとうございました」
私は深々と頭を下げると、タクシーに乗り込んだ。
そして最後に、荘厳な佇まいのオリエンス城をそっと見あげる。
(さよなら……グレンくん)
私は遠ざかる城を、いつまでも見つめていた。