≪ドキ*ワク移住記⑨≫ 第2章 ~コトウラ初夜とご近所さんでわらしべ長者?~
≪ドキ*ワク移住記⑨≫
第2章
~コトウラ初夜とご近所さんでわらしべ長者?~
※ひょんなことから45年間慣れ親しんだ高知をはなれ、
鳥取県琴浦町にあらたな拠点「Manimani」を作る運びになったわたくし、
生粋の土佐のはちきんシンガーソングライター矢野絢子。
そのきっかけから流れ流れて今ココ、までを何回かに分けて綴ります💛
(長いのでお暇な時にどうぞ☆)
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
あれは雪が降りしきる2025年2月18日火曜日(一粒万倍日!)。
わたくし矢野絢子ついに不動産契約を果たし空き家をゲットオオオオオオ!!!
…したものの、雪の間はどうにもこうにも身動きできずトホホ。春はまだかまだかと首を長くして高知でひと月ほど過ごす。
その間、家の写真を眺めてリフォームの計画を練ったり、資金集めのための準備やくらふぁんの開設などをしながら、ワクワクに胸を膨らませていた。
そして3月末!!ついに春解禁🌸🌸🌸🌸
軽自動車2台に仮住まいのための荷物をギュウギュウに詰め込んで一路愛しの琴浦へ。
高知から同行してくれたメンバーは、
趣味が高じてプロの掃除屋になって独立しようかなんて言ったか言わないか、天才ヴァイオリニストのシマフミと、
いつでも頼りになるうちの両親。そして、20年住んでいる我が町土佐市在住の天才デザイナーリョウちゃん。
彼に私の新しい拠点である「Manimani」のロゴ制作を依頼したら、実際にどんな町でどんな場所にあるのか見たいとのことで同行してくれた。
高知から太平洋を背にして真北の日本海目指して約4時間。
高知の風景とはまた全く違う、迫力満点の雪をかぶった大山や、日本海の姿に一同テンション上がりまくり。
そしていよいよ愛しの我が家Manimaniとのご対面!!
当たり前のようにスススーっと北ちゃん(仕事は?)も合流してくれ、高知チームはひたすらManimaniの掃除!掃除!掃除!
海側に面したトイレの窓を拭いていたら、そのまま窓ごと外れたのにはびっくりした!(取り付けていた釘が錆びて粉に)
さらに換気扇も触ると錆びた粉になってポロポロ崩れおちてしまった!
こ、これが!!噂の塩害地域の実態か!!震えあがる私をよそに、ジイジと北ちゃんは全く動じず、
ガポっと元の場所に力技で窓をはめ込み、何事もなかったように
「これでもう触らなければ大丈夫!」とニコニコ。
「テキトー」って、逞しくハッピーに生きるためにとっても大事、、、と改めて学んだのであった。
我が「Manimani」のお向かいには「サンシャイン東伯」というビジネスホテルがあって、その一階が「果母子(かぼす)」という居酒屋なのだが、
そこのママさんらしき人物(ハスキーボイスで昔はかなりのヤンチャなガールでモテモテだったであろう面影を残したその名も「ようこ」さん)が通りかかったので、ご挨拶すると「これからご近所ってことで」と、信じられないくらい大きな大根(持ってるだけでふらふらしちゃうくらい)を二本もくれた。
夜は私をこの町にいざなってくれたピコちゃんと北ちゃん夫妻と高知チーム総勢8名で琴浦の美味しい中華屋さんでワイワイ食事。
ここの中華がまためちゃくちゃ美味しかった!しかもワイン持ち込みOKという懐の深さ「DEEP FUTOKORO!!!」(北ちゃんの同級生のお店だった)
何度も思うことだけど、1年前は全然知らなかったこの町の、今ではすっかりお世話になってる気の置けない友人と、
私の根っこの高知の家族や友人と、こうして円卓を囲んでワイワイ楽しい時間を過ごせるなんて、ほんとうにほんとうに心の底から不思議で幸せな気持ちでいっぱいに、満たされた時間だった。
その後琴浦勢と別れた我々高知の酔っぱらいチームはお向かいの居酒屋「果母子」に行ったがもう閉店で、琴浦は殆どのお店が21時まで!!!
ようこママが教えてくれた、ホテルの反対側にあるイタリアンバル的なお洒落なお店に突撃。
ワインボトル一本あけて、へべれけで帰宅。しかし!這ってでも帰れるこの近さ!!!やばい!
というわけで琴浦初夜、予定通りべろんべろんで終了。
翌日は昼過ぎまで高知チームに色々手伝ってもらったり、琴浦で遊んだりしてもらう。
みんな琴浦がいっぺんに好きになってくれたようで、私も嬉しい。
このあとは私だけ琴浦に残り、みんなは高知へ。
私は約ひと月ほどManimaniを拠点に春のロングツアーが始まるのである。
みんな帰っちゃってちょっと寂しかったけど、それよりもやはりワクワクが勝るManimani二日目の夜。
夜ごはんにお向かいの居酒屋「果母子」さんからいただいた大根を煮て、せっかくだからとお隣さんにおすそ分けすることに。
お隣さんは1年ほど前に兵庫から移住されてきたご夫妻で、なんと背中にエンジンとプロペラをしょって空を飛ぶモーターパラグライダーのパイロットさん!!!面白そう!
インストラクターもされていて、イベントや体験会も精力的にされていて、1年前にお隣の空き家を購入「スカイトリップ」という拠点として琴浦町を巻き込んで、今まさに動き始めたところとのこと!というエネルギッシュな方だった。
しかも気温が温かくなったら毎日バーベキューしてるというかなりなパリピ具合。よいぞよいぞ。
「ミュージシャンなので演奏したり時々ライヴイベントするので、うるさかったら言うてください」と頭を下げると
快活に「こっちもワイワイやるの好きやし、お互い様で!」と笑ってくれた。
大根のお礼にと「白バラコーヒー(鳥取ブランド)」と「プリン」を頂く。
翌日その白バラコーヒーとプリンをもって同じく琴浦町内でこの春からピコちゃんが始めた駄菓子屋「〇□堂(まるかくどう)」へ。
(ここもまためちゃくちゃいい感じの謎なエネルギーうずまく駄菓子屋で、いつ来ても和む場所。)
そこにやはりやってきた北ちゃん(仕事は?)とピコちゃんとみんなで食す。
駄菓子屋「〇□堂(まるかくどう)」の裏手はすぐ海で、可愛いモニュメント「波しぐれ三度笠」が鎮座している。
海を眺めつついい大人3名でダラダラしていたら、ワカメを干してるおじいさんに遭遇。
「これ干してるの?ここでとれたワカメ?」ときくと、「そう、この海」といって食べさせてくれた。
パリッとしたワカメに海の潮がほんのり香って、めちゃくちゃ美味しい。
どうやらピコちゃん北ちゃんと仲良しのおじいさんで、ウミネコにモテモテの名物ワカメおじいさんらしい。
とれたての美味しいワカメを袋いっぱいにくれた。
そのワカメをもって私は次のツアー先、大阪へと向かい、そこで美味しいご飯を作ってくれる友人にワカメをあげて、友人は私にたくさんのご馳走とワインをくれた。
なんだか、頂きものがどんどん形を変えて巡る、わらしべ長者現象みたいでおもしろく、「コトウラ、なんか、生きていけそう」とほっこりした。
こんな風に、目には見えない何かが、どんどん人から人へ手渡されて、「豊かさ」がずーっとグルーヴしてゆけばいいなあ。
「琴浦Manimani」
この春のツアーで、ライヴでのカンパや振り込み支援、くらふぁんの申し込みを全国の友人やファンの方からいただいたり、色んな所で「すごいね、ブログ読んでるよ!」とお声がけいただき、改めて感謝の気持ちと共に
「いよいよ、なんかが動きだしたなあ」とじんわり実感してます2025年春。
この場所と出会って、家を買うまでの流れがあまりにも早くて華麗で自然だったのだが、
それで終わりじゃなかったのである。
ここからの流れもまだまだミラクルの連続。
犬も歩けば棒に当たる、でなく、琴浦歩けば奇跡の出逢い、とでも言いましょうか。
必要な人とは必要な時に出逢うし、
必要なことは必要な時に起こる、
とはいったものですが、このスピード早くない?!
次回は
「リフォームっていくらかかるの?どこにたのむの?」またしても何も知らないままに船は出た。
いつでも宇宙のmanimani。
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⑩に続く
≪ドキ*ワク移住記⑧≫ ~ついに契約!空き家購入!~
≪ドキ*ワク移住記⑧≫
~ついに契約!空き家購入!~
※ひょんなことから45年間慣れ親しんだ高知をはなれ、
鳥取県に拠点を作る運びになったわたくし、
生粋の土佐のはちきんシンガーソングライター矢野絢子。
そのきっかけから流れ流れて今ココ、までを何回かに分けて綴ります💛
(長いのでお暇な時にどうぞ☆)
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いよいよこの日がやってきた。不動産契約の日である。
気合い十分ワクワクマックスの私は、現ナマの束をリュックに詰め込み、勢い余って2日も前に鳥取入り。
2晩続けてあらたな未来のご近所さんとなる友人たちと、美味しいご馳走で予祝の乾杯を重ね、準備万端。
契約当日、窓の外の音で目覚めカーテンを開けると、一面真っ白!
空から氷砂糖のような雪がパラパラと降っている!!
ブルーグレーというか銀に近い海は、降り注ぐ雪の合間に白い波しぶきをあげ大暴れ!
これぞ【THE日本海!】という感じ。
「え?これって冬の鳥取通常運転?みんな平常業務?」
と南国女のわたしは目を白黒させながら、雪景色の中不動産屋さんへ。
今日まるまる1日私に付き合ってくれるのは、今回の物件の情報元であるKPちゃん。(有難い(´;ω;`))
琴浦町で古い空き家を購入し、リノベーションして民泊を作るという事業を展開中の彼女は、本当に気さくで優しくて、今回の私の移住を我がことのように応援して協力してくれる友人のひとりである。同世代で、王様と同い年のお子さんを持つシングルマザーということも親近感✨
約束の10分前に倉吉市にある不動産屋さんに到着。今回たくさんお世話になった、乾いた笑い方のちょいとイイ男の不動産屋さんが出迎えてくれる。
その後、関西から売り主さんご夫妻到着。私の両親くらいの年代の優しい雰囲気のご夫妻。
司法書士さんも到着して、さあ契約スタート!!
今日の大雪の中、遠方から日帰りで来てくださってる売り主さんの帰りの電車に間に合うように、巻きで行くで~!
「カーン!」とゴングが鳴り響いた(心の中で)やいなや、疾風怒濤の如く開始される「重要事項説明」。
なんかめちゃめちゃ分厚い書類を一枚一枚懇切丁寧に説明して下さる乾いた笑い方のちょいとイイ男の不動産屋さん。
そこに超絶早口のシゴデキ司法書士さんも加わり、もはやチャップリンの喜劇映画のように書類が宙を舞い、ハンコサインハンコサイン割り印ハンコサインの嵐嵐嵐…。
2倍速で観ているYouTubeの様だ。
でもだいじょうぶ、安心してください。ちゃんと理解してサイン&押印しております。
というのも、
そもそも契約書や説明書、また役場から届く文書全般が読めない理解できない私は、
我が音楽仲間の中のっち(中野宏典弁護士)に前もって送ってもらった「重要事項説明」全文を送りつけ
業務に忙殺されている中のっちに「何を書いているか、アホの絢子に分かるように説明して欲しいいいい」とお願い。
忙しい中、やさしい中野先生はChatGTPさながらの俊敏さと正確さ、そしてChatGTP超えの愛をもって、
とってもわかりやすく「重要事項説明」の内容を文章化してくれた上に、不動産屋さんに確認した方がいいところや、何故確認した方がよいかまで、小学校の校長先生のように易しく教えてくれていたのである。
持つべき友は中のっち。ありがとううう。
そのおかげで、私は高速餅つき職人の如く「ハイ!ハイ!ハイ!」と押印し、契約も予定通り1時間半足らずで終了。
そして契約終了後、売り主さんに直接会ったら聞きたかった「家と土地の歴史」を聞いていると、
驚くべき事実が発覚!
今回の物件がいかにラッキー物件かが判明したのである。
天井にスポットライトがあったり、シャンデリアがあったり、何かお店をやられていたのだろうと想像していたのだが、
なんとこの場所、3、40年ほど前まで「ダンスホール」だったそうだ!!!えー!オシャンティ❤
隣の広い空き地には母屋が建っており、つい4年ほど前に母屋を解体、ダンスホールだったこの建物を住宅用に改装したとのことだった。
当時の改装費用は今回の土地家屋購入金額のほぼ倍!!
しかも住居用に改装したのにほぼ未使用!
なので水回りはほぼ新品!
改装時にアスベストも除去済み!!
※なので安心してリフォームできる
なんてラッキーな物件なんだ!!
売り主さんに「大切に住まわせていただきます」と頭を下げて、矢野絢子、ついにあらたな拠点の鍵をゲット!!
ありがとう!!この世!!
ホッとしたのもつかの間、明日高知に帰るので、今日中に役場で諸々の手続きを済ましておかねばならない(2日も前乗りしてたのに)。
とはいえ、宙を舞い踊る契約書と押印サインの嵐にくたびれ果てたので、是が非でもコーヒータイムが必要不可欠。
というわけで役場近くの「テランガcafe」へ。
琴浦に来たらランチはいつもここ「テランガcafe」。昨年の11月にUターン移住された息子さんと、ご両親の家族経営。
お父さんがお魚屋さんで、新鮮なお魚のフライ定食や、海鮮丼なんかがリーズナブルに食べれてとっても美味しい!
やさしい店主のUさんが淹れてくれた、やさしいコーヒーが身体中に染みわたる…。
とそこでまさかのスーツ姿の北ちゃん登場(仕事は?)!!
無事契約終了したことを告げると、
「今日は一粒万倍日だよ」と教えてくれた。
(一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)は、日本の暦に古くからある吉日の一つ。何かを始めるのにうってつけの日!)
ますます勇気を得た私は、意気揚々と琴浦役場へ。
転入届からはじまり、水道のことや、マイナンバーカード、保険証、その他諸々の手当のなんやかんや、
思った以上にたくさんの手続きがあり、時間がかかる。悠長にコーヒーを飲んでいる場合ではなかった!!!
途中で「キーンコーン」と17時のチャイムが鳴り響く中、もんくも言わずに手続きを迅速に進めてくださる役場の方々。
スムーズにいくように手配してくれたり、待ってる間、役場の色んな方を紹介してくれたりと付き合ってくれる北ちゃんとKPちゃん。
1時間半にも及ぶ書類&サイン&押印の嵐が終わり、やっと最後の窓口「移住支援」担当のHさんのもとへ。
「お待ちしておりましたよ」と仏の笑顔でHさん。(とっくに窓口の対応時間は過ぎているのに…)
まるで心地よい念仏か説法のような、優しい声で書類内容を説明して下さるHさんに導かれ、
この日何十回目かの、そして最後の、サインと押印を終え、全ての手続きが完了した…。
写真撮るのへたくそな北ちゃんが、子供の運動会に来た父兄のように「はい!」と笑顔でケータイを向けてくれ、記念写真。
2025年2月18日火曜日、一粒万倍日!!
わたくし矢野絢子は無事に鳥取県民&琴浦町民になり、あたらしい未来の鍵をゲットしました。
ものすごいスピード!しかも初めての家購入!何か大きな引力に導かれているとしか思えない。
さあここからが、ドキ*ワク移住記第2章のはじまりはじまりです。
矢野絢子の音楽と癒しが、気持ちよく琴浦町とグルーヴするような
あたらしい拠点「Manimani」の制作開始!
オープンお披露目は秋ごろにしたい!!
そこに向けて次はリフォーム大作戦開始です。
どうせなら思いっきり楽しく、想い出に残るような形でワイワイ色んな人の力を借りてつくってゆきたい。
巻き込んで巻き込まれて、おおきなうねりのなかで、何が生まれるかこうご期待!
いつでも宇宙のManimani。
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⑨に続く
≪ドキ*ワク移住記⑦≫ ~最善の道はいつでも見えない、見えないがそこにある~
≪ドキ*ワク移住記⑦≫
~最善の道はいつでも見えない、見えないがそこにある~
※ひょんなことから45年間慣れ親しんだ高知をはなれ、
鳥取県に拠点を作る運びになったわたくし、
生粋の土佐のはちきんシンガーソングライター矢野絢子。
そのきっかけから流れ流れて今ココ、までを何回かに分けて綴ります💛
(長いのでお暇な時にどうぞ☆)
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あらたな難題が浮上した。
琴浦町の移住定住支援には「琴浦で空き家を購入して県外から移住してくる人」に対しての「空き家活用補助金」というのがあり、それが上限80万円!
これは非常に助かる。どうにか活用させていただきたいところである。
ところがよくよく聞くと、その条件をクリアできないかもしれない。
~空き家活用補助金移住支援の活用条件と流れ~
①役場に補助金の申請をする(このとき住民票は県外であること)
②申請が受理される
③不動産との契約、空き家購入
④購入証明を役場に提出(このとき住民票は琴浦町であること)
⑤補助金が降りる
というシンプルな流れなのだが。
①~⑤の行程は年度内に行わなければならない。つまり今申請をすると、2025年3月までに琴浦町に住民票をうつしておく必要がある。
ところが私の予定では、2025年は住民票は高知のままで、高知と琴浦2拠点で準備を進め、2026年春以降(息子が卒業し、県外に出る時)に私は琴浦に住民票を、息子は息子の移住先にうつす、という流れが理想だった。
今私の住民票が琴浦になってしまうと、同じ世帯の息子の住民票も移さなければならなくなる?
それは変だよね!高校はそのまま通えるの??
ならば補助金申請を来年度、つまり4月以降にすれば、2026年の春までに住民票を移せばよいので、ちょうどよいじゃないか、と思うのだが、よく見ると「③不動産との契約」の前に「①補助金申請」の手続きをしなければならない。
ということは不動産屋との契約も年度明けの4月以降になってしまう。
ここまではさすがに不動産屋も売り主も待ってはくれないだろう…(仮契約?の書類を送ったのは2024年の11月だものねえ…)
「うーーーー、どうすれば…」
頭を抱える私の隣で、今日も元気に全身黒ずくめの銀髪ピコさん。
「まあ、補助金にこだわらなくても、無理なら無理で、他のことでなんとかなるっしょ」
と、鶴のひと声。
なんだか肩の力が一気に抜けてしまった(笑)。
「何が何でも補助金をもらわなければ!!!!」と試行錯誤する自分がちょっとしんどかったことに気が付いた。
勿論ピコさんの発言は何の根拠も責任もないということは百も承知なのだが、
そうだよね、「それがなくてもなんとかなる」って、なんて気楽なんだ。
融資が降りても降りなくても
家を買えても買えなくても
補助金がもらえてももらえなくても
移住できてもできなくても
だいじょうぶ。なんとかなる。
「分からないことはちゃんと調べて、聞いて、やれることをやって、そのうえで起こる事象はいつでも最善の道である」
と思い直し、すっかり気持ちも軽やかに。
というわけですっかり安心し新年を迎え、飲めや歌えやの高知流宴三昧の正月を楽しみ、
年明け早々、土佐市役所へ。今回の移住の件や琴浦の移住支援の流れ、私の事情などこれこれこういうことなんだけど、と正直にぜんぶ説明してみる。
するとなんと!心配していた色々が杞憂だったことが判明。
・私の住民票と息子の住民票の住所が違っても、あまり問題はないということ、
・息子は16歳以上なので「世帯主」として独立した世帯を持てるとのこと、
・田舎の方から都会の学校に通う際、下宿先に住民票を移す高校生などもいるとのこと、
・とにかくなんか色々必要な紙を出したり、送ったりすれば大丈夫とのこと。
など色々教えてもらった。ほっ。
さらに1月中旬ついに日本金融公庫から電話が!!
「融資通りましたよ」
やったーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
「ありがとうございます!!!やったー!!!」
と大興奮な私に、担当の方も喜んでくれ、
「ぼく山登り好きなんで、大山いつか行くんで、その時お店寄らせてもらいますね」
なんて素敵なことを言ってくれる。
それはホンマか知らんけど、担当の方ありがとう!
とにかくよかった!これで家が買える!
早速関係各位に吉報を報告。
もちろん琴浦商工会のYさんにも。メールではなく電話で伝えたくてすぐに電話をする。
「よかったですね、一緒に仕事できること楽しみにしていますよ」
とYさん。
早速1月中旬、鳥取へゴー!琴浦町役場でHさんの優しい説明を受けながら無事「空き家活用補助金」の申請をする。私の両隣にはやはり黒装束のピコさんとスーツ姿の北ちゃん(仕事は?)。「過保護ですねえ…」と笑うHさん。
「それではこの後の流れは、不動産契約をしていただき、その証明書を提出、住民票、転入届け、などなどの手続きの後、補助金振り込みとなります。またお待ちしております」というわけで琴浦役場を後にする。
その足で不動産屋さんとも件の家でおちあい、土地の境界線の説明などをしてもらう。さらにここで新たな事実が判明。
考えてみたら当たり前のことなんだけど、私は土地家屋購入代金のことしか頭になかったのだが、家を買うときには「登記」というのが必要で、その代金、不動産屋に支払うお金、さらに半年後に来る「税金」など、もろもろの費用が必要とのことだった!!知らなかった!!!
家自体がとても安いので、そんなに高額ではないけれど、貯金ゼロで融資便りの私は震え上がった。
幸いリフォーム費用として、土地家屋の代金より少し多めに融資をお願いしていたので、その分でなんとか用立てできるのでとりあえずホッ。
「契約はいつできますか?」と問うと、来月の中旬には書類が揃うそうだ。
なんでも売り主さんが高齢で、娘さんの住んでいる県外(関西方面)の養老院に今いらっしゃるとのこと。耳も遠く、判断力も低下しているので今回の契約は娘さんご夫妻が代行してくれるのだが、その許可を向こうの司法書士さんを交えて、売り主さんのところに行き、もらってこなければならない。これになかなか時間がかかっているそうな。
「でも、契約はできるんですよね?」と念を押すと、まだこの段階でも100%ではないという。
「司法書士さんがめちゃくちゃ厳しかったりすると…」
判断力低下している売り主さんの財産を守るのが司法書士さんの仕事にもなるということか。
まあ、今更そんな不穏なことを言われても、まったく響かない丈夫なメンタルになった私。
「ここまでトントンと来て、最後の最後で無理でした!ってなったら、それはそれで面白い」
ワクワクしながら高知に戻り、YouTubeで「古民家を素人が1からセルフリフォーム」というような動画を2日間くらい見続けて、興奮を収める私。
少ししてから不動産屋さんから連絡。無事に書類が揃い、娘さんご夫妻が鳥取に来られる日程も出て、
ついに契約の日が決まった!
2/18火曜日の午後とのことである!!!!
今日からあと2週間後である。
ああ……ついに。
振り返ると、なんとなく家を探そかなと思いついて10か月
一件目の空き家と出会って4か月
早いな!!!
いやまだ分からんぞ、本当に人生はいつでも何が起こるかわからないからね。
とりあえず次回の「ワク*ドキ移住記⑧」は2週間後の契約の報告から再開したいと思います。
いつでも宇宙のまにまに。
2週間後をお楽しみに!
* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …
⑧に続く