お返事から約一週間後、やっくんは初めて職務質問を受けました。
「徹夜だったうえに、大変だったね。何事もなくてよかった。
6人で謝りに来たぐらい、堂々としていたやっくんの姿が伝わってきた。
サングラスは仕方がないよ。
芸能界は、誘惑が多いと思うけど、
流されずにこれからも堂々と、胸を張って生きていってね」
やっくんは、本当に、その通りに生きてくれました。
お返事から約一週間後、やっくんは初めて職務質問を受けました。
「徹夜だったうえに、大変だったね。何事もなくてよかった。
6人で謝りに来たぐらい、堂々としていたやっくんの姿が伝わってきた。
サングラスは仕方がないよ。
芸能界は、誘惑が多いと思うけど、
流されずにこれからも堂々と、胸を張って生きていってね」
やっくんは、本当に、その通りに生きてくれました。
やっくんは、長門に来てくれたあと、「DVD特典」で、
風邪のせいで声がでなくて辛いと、書いていましたが、
本当は、ポリープ自体もかなり悪化していたのかもしれません。
宮崎のライブの後、久しぶりにコメントした、
ポリープについて書かれていた記事が、削除されていたからです。
やっくんが書いた内容は残っていませんが、私のコメントは
「昨夜のエンタのビデオを見ながら、声がかすれていることに気づいて
心配していたところだった。やっぱり、ひどくなっていたんだね。
キャラ的にも酷使しているようだけど、宮崎のライブの時も、
ロビーにまで聞こえてくるほど、大きな声をだしていたよね。
薬も大事だけど、喉に負担をかけない発声も実践してる?
どうぞ、お大事に!」
既に、この時点で薬を使っていることが書かれていたようですが
長門のライブの頃は、私はその事を忘れていて、
やっくんが風邪と書いていたので、ゆっくり休めば治るものと
軽く考えていた部分はあったような気がします。
ただ、スケジュールの都合上、そうもいかなかったようなので、
やっくんが喉や病院のことを書く度に、心配はしていました。
そして、一日に3回もライブがあった日、2ステージ目以外は、割と
前向きに報告してくれていたのですが、どれも大変だったように感じて、
「やっくん大丈夫?今日は移動だけでも大変なのに、ステージも
それぞれ大変だったようだね。最近、やっくんの心の揺れが
伝わってきてとても心配。癒される時間があることを願っています。
風邪が強かったようなので、喉をお大事に!」と書いたら、翌日、
「癒されたぁ」とお返事してくれました。用事で実家に帰ったことを
報告してくれて、やっくんが声優をしたコナンのことを書いていたので、
「早速、癒される時間があってよかったね。久しぶりの楽しそうなブログに
一安心です。コナンは、今日は遅くなったから明日見るね。」
2日後、「友達の活躍」で、「おいらは今いい顔できてるかな?」には、
私は、時々、気になる記事にコメントをしていただけなので、
「こんなに毎日、気遣ってくれるみなさんに応援されているやっくんは
きっといい表情をしていると思う。コナンは2回見たよ。
じっくり見ながら聞き入ったけど、2回とも感動した。やっくんがこの先
どう変化しても、応援し続けられる自信を持てました。」
今の私は、ライブの報告に対して、特に大変だと感じなかったので
当時の私には、敵わないことを痛感させられました。
やっくんが、違う世界に行ってしまったことを知った日(10/6)
やっくんのことを考えながら、自分を責めていたのですが、
実はその時に、結局、片付けずに飾ったままだったサインや書初めを
やっくんが見に来てくれて、「ファンを辞めずにいてくれたんだね~。」と
喜んでくれているのを感じたんです。
上手に説明できないのですが、やっくんの意識が、蝶のように、
飛び回っているような感じです。ちなみに私に、霊感は全くありません。
でも私は、「やっくん来てくれたの?ありがとう!」と素直に喜べなくて、
『私はこんなに悲しいのに、なんでやっくんは、
こんなに喜んでいるの?』って、少し不満に思いながらも、
きっと錯覚なんだろうなと、気づかないふりをしたら、
やっくんは、私にはっきり分かるように足跡を残してくれたのですが、
ネットの特ダネで、映画のラストシーンを見れた時、
やっくんが、あんなに喜んでくれた理由が分かりました。
大切な事は、人の心にどう残るか、ただそれだけだ
半年前の長いコメントを最後に、一切、書かなかったので
やっくんは、私がファンを辞めたのかもって、不安だったんだろうなって。
実はこの言葉は、もともと、城咲 仁さんがおっしゃっていたんです。
私は、やっくんと長門で会ってから1ヶ月半後に
城咲さんのトークショーに行って、そのことをブログに書きました。
随分前に記事を削除してしまい、載せられないのが残念なのですが、
やっくんの記事よりも読みやすく、数ページに渡って詳しく書きました。
彼が、「トークショーが終わって、みなさんが家に帰ってからも、
心に残る人になりたい。」と話されていたこと。
彼とじゃんけんをして、勝ち残った人がサインを貰ったり、握手できる
チャンスがあったのですが、残念ながら私は負けてしまったこと。
握手コーナーの時、3人の枠なのに、4人残ってしまって
司会の方は、4人でじゃんけんをしようとしたのですが、
彼は、一人だけ負けるのはかわいそうだと言って、
4人とも握手してあげていて、優しいなぁと思ったこと。
途中、ブログに載せるからと、客席の写真を左右に分けて2枚
撮ってくれて、どちらを載せてくれるのだろうと思って、
楽しみにしながら、家に帰ってパソコンを開いたら、
なんと、2枚とも載せてくれていたこと。
本当に全員が楽しめるように、考えてくれていたのが嬉しくて、
思わずコメントをしたことまで、多分、書いたと思います。
その瞬間は、完全にやっくんが、かすんでしまい、
一瞬、本気で城咲さんのファンになりかけたのですが、彼は、
私がいなくてもうまくやっていけそうな気がしたのでやめました。
やっくんは、何年か後に城咲さんと会うのですが、
その時に「ずっと会いたかった」とブログに書いていたので、
『ずっとって、いつからなんだろう?』と思って、「トークショーに行ったよ。」と
書こうと思いながら、結局、書かなかったのですが、
今回、長門の記事を読み返してみて、やっくんが「ブログありがとうね」と
言ってくれていたのを読んで、やっと謎が解けました。
「やっぱり、年明けぐらいにゆっくり読みに来てくれていたんだ。」って。
あれ以来、やっくんを直接感じたことはないのですが、
今は、やっくんが守ってくれていることを実感しています。
私は、四十九日までは、「やっくんが無事に成仏できますように!」
四十九日以降は、「やっくん、成仏してくれてありがとう!」と
朝起きた時はベランダに出て、夜は布団に入ってから眠る直前に
手を合わせながら祈ったり、話しかけていました。
そして、追悼上映の日の朝、いつものようにベランダに出て
話しかけ終わって前方を見たら、虹がかかリ始めていたんです。
今まで見たこともないくらい太くて、根元もくっきり見えて、
『虹の根元ってこんな風になっているんだ』って見とれていたら
さらに、2つ目の虹もかかり始めて、しばらく見ているうちに、
消えていきました。ほんの数分の出来事だったのですが、
その時に、やっくんが見守っていてくれていることを実感しました。
それからは、「やっくん、見守っていてくれてありがとう!」と、
話しかけるようにしました。
やっくんが、違う世界に行ってから、不思議なことや、
嬉しいことがたくさんあったんです。
やっくんの姿を見れないのは悲しいのですが、絶望していた時よりは、
今の方がよっぽど身近に思えますし、毎日、夫婦ともに
無事でいられる度に、やっくんが見守ってくれているのを感じます。
やっくんを身近に感じたい方は、例え小さくても、いいことがある度に、
「やっくん、ありがとう。」と、話しかけ続けてみてくださいね。
きっと、やっくんを実感できると思います。