「SKUNK SHOT BOOSTER」で、「彼らはなんとこのライブの為に
佐賀から車で来て、今日また帰るらしい...。」と書いていた時は、まさか、
数年後に、やっくんが同じことをするとは、思いもしませんでした。
その時に、『夢を追う者は、いつまでも不安で、不安と闘い、
不安と共に生きるしかない』という、ある方の言葉を引用していて、
「でも、だったら毎日を不安におののいているよりは、開き直って
不安を受け入れ、前向きに頑張っていけばいいじゃん!!」と書いていたので、
「不安は必要悪なんだろうね。ない方が生きていくのに楽だと思うけど
不安があることで、努力しようという気持ちになるのかも。
不安に押しつぶされそうだったやっくんのことを心配していたけど、
やっくんの言葉を聞いて安心できた。
凹んでも常にいろんなことから学んで、前向きになれるやっくんの事を、
改めて応援したいと思った。私も、頑張る元気が出てきたみたい。
やっくん、ありがとう!」と書いのですが、
それから約10日後、ネットニュースにやっくんの事が載っていました。
「最近、仕事の内容がブログに書かれていない。入院しているようだ。」
やっくんは、「新作」で、キティちゃんとのコラボネックレスを紹介していて、
「おいらは幸せ者だなぁ~。こりゃ来年は更なる飛躍の年にしないとね。
仕事は全力でやらないと!
芸能界という豪華な列車にやっと乗り込めたのだから、途中下車せずに
しっかり自分の居場所を確保しないとね!!
一等客室は豪華で優雅でのんびり居心地がいいけど、おいらが今いる
場所は狭くて人が大勢いる貨物室。
ここにいるのが息苦しくなって、客室を目指す人もいれば、
耐えられなくて下車する人もいる。
しかもこの列車、時代の流れによっては急に発車するから、
停車駅でリラックスしていたら、乗り遅れるかもしれない。
こんな気が休まらない旅でも、行く先にある楽しみな目的地を目指して、
今日も列車に揺られて行きます」と、再び、不安を覗かせていました。
やっくんは、「今日も列車に揺られて行きます」と、あたかも
仕事をしているように書いているけれど、どっちが正しいのだろう?
この文章の中で、やっくんは一番何を言いたいんだろう?
どう書けば、不安が少しは柔らぐのだろう?
2月にコメントで、「文章の行間を読むという意味が、少しずつ
分かってきたような気がする」と書いたことがあったのですが、
私にとってコメントを書くということは、学生の頃、得意なつもりで
実は苦手だった、国語の文章問題に取り組むのと同じ感覚でした。
分かりやすい時もあるのですが、 この時が一番難しかったです。
結局、私が書いたのは、
「いつも、いつも、全力のやっくん。やっくんの体のことが一番心配。
貨物室で気分が悪くなったら、必ず停車駅で充分リラックスしてね。
乗り遅れたって、列車なら必ず次が来るよ。
やっくんは、早く、一等客室に行きたいかもしれないけど、
「急がば回れ」を忘れないでね。」
コメントの送信ボタンを押した瞬間に、
やっくんが喜んでくれることを確信しました。
2日後、手術を無事に終え、退院したことを報告してくれて、
年末年始の忙しい時に、手術前後3週間は声を出せないけど、
いい休養だと思ってのんびり過ごすと書いていたのを読んだ時、
一生懸命に考えてよかったとつくづく思ったのですが、
いつから入院していたのか知りたくて、ブログを読み返した時、
「SKUNK・・」の「不安」は、単に芸能界で生き残れるかだけでなく、
これから受ける手術に対する不安も含まれていたことに気づいて、
まだまだ、読みが甘かったと思いました。
やっくんのブログで、「やっくんは、生き急いでいたような気がする」と
書かれていた方がいましたが、本当にその通りだったように思います。