Junkoの心日記 -8ページ目

Junkoの心日記

思ったことや感じたことを、綴っていきます。

何かを、感じていただけたら、嬉しいです


「SKUNK SHOT BOOSTER」で、「彼らはなんとこのライブの為に

佐賀から車で来て、今日また帰るらしい...。」と書いていた時は、まさか、

数年後に、やっくんが同じことをするとは、思いもしませんでした。


その時に、『夢を追う者は、いつまでも不安で、不安と闘い、

不安と共に生きるしかない』という、ある方の言葉を引用していて、


「でも、だったら毎日を不安におののいているよりは、開き直って

不安を受け入れ、前向きに頑張っていけばいいじゃん!!」と書いていたので、


「不安は必要悪なんだろうね。ない方が生きていくのに楽だと思うけど

不安があることで、努力しようという気持ちになるのかも。


不安に押しつぶされそうだったやっくんのことを心配していたけど、

やっくんの言葉を聞いて安心できた。


凹んでも常にいろんなことから学んで、前向きになれるやっくんの事を、

改めて応援したいと思った。私も、頑張る元気が出てきたみたい。

やっくん、ありがとう!」と書いのですが、


それから約10日後、ネットニュースにやっくんの事が載っていました。

「最近、仕事の内容がブログに書かれていない。入院しているようだ。」


やっくんは、「新作」で、キティちゃんとのコラボネックレスを紹介していて、


「おいらは幸せ者だなぁ~。こりゃ来年は更なる飛躍の年にしないとね。

仕事は全力でやらないと!


芸能界という豪華な列車にやっと乗り込めたのだから、途中下車せずに

しっかり自分の居場所を確保しないとね!!


一等客室は豪華で優雅でのんびり居心地がいいけど、おいらが今いる

場所は狭くて人が大勢いる貨物室。


ここにいるのが息苦しくなって、客室を目指す人もいれば、

耐えられなくて下車する人もいる。


しかもこの列車、時代の流れによっては急に発車するから、

停車駅でリラックスしていたら、乗り遅れるかもしれない。


こんな気が休まらない旅でも、行く先にある楽しみな目的地を目指して、

今日も列車に揺られて行きます」と、再び、不安を覗かせていました。


やっくんは、「今日も列車に揺られて行きます」と、あたかも

仕事をしているように書いているけれど、どっちが正しいのだろう?


この文章の中で、やっくんは一番何を言いたいんだろう?

どう書けば、不安が少しは柔らぐのだろう?


2月にコメントで、「文章の行間を読むという意味が、少しずつ

分かってきたような気がする」と書いたことがあったのですが、


私にとってコメントを書くということは、学生の頃、得意なつもりで

実は苦手だった、国語の文章問題に取り組むのと同じ感覚でした。


分かりやすい時もあるのですが、 この時が一番難しかったです。

結局、私が書いたのは、


「いつも、いつも、全力のやっくん。やっくんの体のことが一番心配。

貨物室で気分が悪くなったら、必ず停車駅で充分リラックスしてね。

乗り遅れたって、列車なら必ず次が来るよ。


やっくんは、早く、一等客室に行きたいかもしれないけど、

「急がば回れ」を忘れないでね。」


コメントの送信ボタンを押した瞬間に、

やっくんが喜んでくれることを確信しました。


2日後、手術を無事に終え、退院したことを報告してくれて、

年末年始の忙しい時に、手術前後3週間は声を出せないけど、


いい休養だと思ってのんびり過ごすと書いていたのを読んだ時、

一生懸命に考えてよかったとつくづく思ったのですが、


いつから入院していたのか知りたくて、ブログを読み返した時、

「SKUNK・・」の「不安」は、単に芸能界で生き残れるかだけでなく、


これから受ける手術に対する不安も含まれていたことに気づいて、

まだまだ、読みが甘かったと思いました。 


やっくんのブログで、「やっくんは、生き急いでいたような気がする」と

書かれていた方がいましたが、本当にその通りだったように思います。




3月に「くまうさ劇場11」で、セーラー服のリラックマが登場した時、

人から言われた言葉なのか、自分で思ったのか分かりませんでしたが、


本気で悩んでいるのではないかと感じました。
「やめないで。」と書かれていた方も多かったのですが、


「くまさんへ

うさぎさんは、くまさんを羨ましがっているだけ。

周りの人に全く迷惑をかけずに生きられる人はいないし、


ご両親は、くまさんの幸せを一番に考えて、誇りをもたれていると思う。

的外れな評価をしたり、勝手な意見を言う人の事は気にしないで、

自分の意思で進んで」



10月の「いざ狭山」の、「おいらってかなり変な芸風だよね~」には


「最近は、お笑いの人はもちろんのこと、俳優の人でも女装する人が

多いような気がするから、違和感ないよ。


この芸風のおかげで、こんなに知名度がアップしたのだから、

自信を持ってね。」と書いたのですが、


スケバンをやめると信じ込んでいたので、

「女装の経験は、いつかきっと役に立つと思う。」と付け足しました。



ところが、11月の「スケバンは続いていく...」には、


「おいらがスケバンをやめるのではないかという噂が流れている

みたいだけど、やめる予定は全くないです☆」と書かれていました。


当時、やっくんの意図を、どうとらえたのか覚えていないのですが、

次の「急遽飲み!」に、「恐子さんでも、すっぴんでも、やっくんが本当に

やりたいことをやってね。それが一番私にとっても嬉しい。」と書きました。


個人的には、女装のやっくんの方が好きだったのですが、

やっくんの人生だから、自分自身で選んだ方がいいと思っていたので、

私の好みは敢えて書きませんでした。


続けるのなら、ファンにやめないでと言われたからではなく、

きちんと自信を持って、やって欲しかったんです。


なので、バンドを組んだ時に、やっくんが自分で

女装を選んだことを知った時は、嬉しかったです。



その日から約2週間前(「祝!!職務質問」の前日)に

自分のブログに書いたのが、「やっくんへの想い」。


この時、わざわざ、日付を入れて書いていたのは、私の気持ちが、

この先、少しずつ変わっていくことに気づいていたからです。


本当は、変わる度に書いていこうと思っていたのですが、

結局、それが最初で最後になってしまいました。


「やっくんが、元気で活躍し続けられるように、

これからも、私にできる方法で、応援していこうと思っています。」


ブログを再開する為に読んだ時、自分で書いていたからこそ

最後に何もしなかった自分に、その言葉が突き刺さりました。






年が明けましたね。


去年は、読んでくださってありがとうございました。


今年もよろしくお願いします。


去年は、妄想のようなお返事も書きましたが、


今年は、もう少し内容を充実させられると思います。


やっくんとの思い出を辿る作業は、とても楽しいのですが、


なるべくみなさんに伝わるように、自分の思いを含めながら


書くのは、本当に難しいです。


やっくんのファンではない方も、来て下さっているようなので


その方々にも、何かつかめるような内容にしていきたいと思いますが、


まだまだ先はとても長いので、


途中でギブアップしてしまったら、ごめんなさい。


でも、最後まで書かないと、やっくんから頂いた


一番最後の、大切なお返事が、みなさんに伝わらないので


なるべく頑張って書きたいと思います。




「流されずに堂々と」の記事を書いた後、


魔法のアルバムを聞いていたら、「胸を張って」と言う言葉が


使われているのを発見して嬉しくなりました。