Junkoの心日記 -13ページ目

Junkoの心日記

思ったことや感じたことを、綴っていきます。

何かを、感じていただけたら、嬉しいです


「徹子の部屋」で、やっくんの追悼番組が放送されましたね。

ゴールデンアロー賞受賞の、数日後に撮影されたものです。


「あの頃は、若かったんだな~」と思いながら見ていたのですが、

声がかすれ気味だったのが、気になりました。


メイクや、身につけているものは、ほとんど興味がないのですが

やっくんの体調を、常に敏感に察する癖がついてしまった気がします。


第2弾を、早速リクエストしていたのですが、叶いませんでした。


それ以外の、美川さんとの旅番組の第2弾や、愛エプ、

世界一受けたい授業(特別授業)は、叶えられました。


愛エプは一番最初のリクエストだったのですが、

やっくんが、「ものすごい結果になりました!」と


報告してくれた時は、謙遜しているのだと思って、

コメントにもそう書きました。


○○めしとは、たこめしのことで、割と大きめのたこが、

確か、生きたまま置かれていて、


他の方は、そのまま茹でていたと思うのですが、やっくんは一人、

一生懸命切りながら、吸い付いてくるたこと格闘していて、


透明な板でちょっとした壁が作られていたのですが、

切ったたこは、そこにもぺったり吸い付いていました。


最後は、それらしきものが出来上がっていたのですが、

私がリクエストをしたのもあり、思い出させるのも申し訳なくて、

さすがに、感想は書けませんでした。


ちなみに、この記事に書いてあるチャーハンですが、

一番最初のダイエットの時に、御米の代わりに


糸こんにゃくを細かく切って、具材は、にんじん、ピーマン、

たまねぎで作ったことがあると、雑誌で読みました。






しばらくして、やっくんが熱を出したのですが、

その数日後に、ドライブの記事がアップされました。


一見、楽しそうに感じたのですが、どことなく違和感がありました。


たくさんの注射、妙にハイテンションな文章、

楽しいドライブのはずなのに緊張している写真・・。


しばらく考えていたら、その日がお絵かきの日であることに気づきました。


「病院のお陰で、やっくんの体が昨日より楽になってよかった。

今夜の為に注射を何本も打ったことも、みんなを気遣って


治っていないのに、顔文字とドライブで元気をアピールしていることも

分かっちゃった。早く完全に治るように願っています。お大事に!」


そして、翌日の朝、テレビにやっくんが出ているのを見て、

お絵かきだけでなく、映画の撮影も入っていたことに驚きました。


本当は、やっくんは、ちゃんと撮影の記事をアップしていたのですが、

私のパソコンは、更新しなかったのです。


駅かどこかで、叫んでいるシーンで、納得できる演技ができなくて

とても悔しがっていたのですが、目がものすごく充血していて

やっくんは、熱のせいにしなかったけれど、本当に辛そうに見えました。


「目が潤んでいたから、撮影の時は、注射の効果が激減して

かなりきつかったんじゃないかな。早く治りますように!」


多分、コメントを読む余裕はなかったと思いますが、


その後に、「家に着いてからネタを書こうとしたけど、また熱が出てきて

ダウンしちゃいました」と、書かれていて、やっぱりと思いました。


翌日には、「ご心配おかけしました」と完治の報告をしていましたが、
その日の記者会見の笑顔に元気がなくて、それも書きました。


翌日には、ゴールデンアロー賞の受賞の報告をしていて、

賞状とトロフィーを載せてくれていました。


笑顔大賞をテレビで見た時、「トロフィーを載せてね。」と書いたことがあって

それはアップされませんでしたが、こちらは、載せてくれて嬉しかったです。


この賞状は、お兄様のツイッターにも載せてありましたね。


それを見た時は、特に何も思わなかったのですが、

今、こうして振り返ってみると、やっくんがその時点で既に、

どれだけ大変な思いをしてきたのか考えさせられます。




この頃、既に、やっくんは、この先の展開について悩んでいて、

やっくんが告知していた番組や、雑誌でいろんな想いを語っていました。


自分の仕事は、夢を売る商売だから、裏側は見せられない。

いつも先が不安だけど、客観的に見て自分は楽しそう

スケバンキャラをやめようと思っている


手元に残っていないので、あまり詳しくは覚えていませんが、

不安な気持ちだけは、痛いほど伝わってきました。



イベントの次の日、3個更新されていたので、1個目に、

「雑誌を読んだよ。恐子さんより、早くエンタを卒業させてあげたい。

毎週見れるのは嬉しいけれど、やっくんの体が心配。」と書きました。


2個目は、トップコートオムの時、喉の調子が悪くて心配してたら、

いい薬をもらったという内容で、他の方々は、いろいろアドバイスを

されていましたが、私はどんなに考えても、かける言葉が見つからなくて


「ただ心配する他は、なすすべがありません。」としか書けず、

あの時ほど、自分が無力であることを痛感したことはありませんでした。


そして、3個目がくまうさ劇場だったので、その感想と、

「今日は、昨日の分まで頑張って更新してくれてありがとう!

でも無理はしないで。しつこいようだけど、やっくんの体が心配だから・・。」


と書いて寝たら、翌朝、まさかのくまうさ第2弾が更新されていたので

「私のコメに、そんなことないわよ~大丈夫。と言われているみたい。

やっくんの仕事の大変さは、このブログをきちんと読んでいる人なら


少なからず気づいてるし、やっくんから夢ではないけれど、

生きる力を貰ってる。私はその人たち側にいられることが幸せ。」

と書きました。


それまでは、くまうさの日に、コメント書きで遅くなった時は、

「やっくんもまだ起きているんだなぁ~。」と単純に喜んでいましたが

それをきっかけに、本気で心配し始めたような気がします。



今思うと、その頃は特に、元相方の竹内さんとは

絶縁状態でしたし、ペットも飼っていませんでしたし、


お笑い業界の中では、客いじり禁止が暗黙の了解に

なっていたようなので浮いていた上に、ピンでしたし、


売れているがゆえの不安や孤独感は、

想像を絶するものがあったと思います。


昼間は忙しくて考えている余裕はあまりなかったでしょうけど、

夜中は半端ではなかったかもしれません。


くまうさが更新されていたのは、週に1回、エンタのネタの

「お絵かき」で徹夜をしている時だったのですが、


ブログを更新すれば、誰かしらコメントをしていたので、

半分は、気を紛らわせるためもあったのかなと思います。


私は、やっくんのブログから伝わってくるやっくんに対して、

どこか、はかなさというのか、もろさを感じていました。


常に張り詰めていて、ちょっと押したら、折れてしまいそうな、

つまり、常に前向きでいようと、無理して頑張っている感じ。


ライブや、直接会った時に感じたことは一度もないので、

俳優としても、すばらしい演技力だったと思います。

 

魔法のアルバムにも「不安や孤独」が出てきます。

このCDを聞く度に、やっくんが何度も乗り越えてきたことを感じて、

元気づけられます。