2017/6/20 子宮全摘術後の闘い121 スーパーマンに会える日 | pinocoのブログ

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巨大子宮筋腫、乳がんetc·····
何があっても自分らしく生きる七転び八起きの精神でユーモアを忘れず生きています。

2017年6月20日(火)

 
札幌の総合病院婦人科受診日
 
 
 
 
 
 
 
 
鳥たちが一番活発になる朝
 
早起きをして家を出た
 
澄み渡る夏の空
 
 
 
旭川駅につく
 
 
 
 
旭川駅7時55分発 
いつもの汽車のいつもの場所で
いつもの景色が流れていく
 
 
札幌駅ですぐに石狩ライナーに乗り換える
琴似駅でバスの乗り継ぎは
ぎりぎりセーフ
 
 
言葉に表す事は出来ない
色々な思いが詰まったここ
 
手術を受けてから1年半がたった自分はまだここから解放されない
 
三角山も変わらないでそこにいる
 
 
去年の今頃は入院の為にここに来たっけ
 
まだリハビリにもかかれていなく
どんどん歩けなくなっていっていたっけ
 
モンスターもみの木も
相変わらずここでみんなを見守っている
 
目に見えないけれど、
きっとここにはみんなの色々な想いが集まっているだろう
 
 
手術の前にどうしても飲みたかったローソンのアイスティー
なぜか品切れで飲めないまま手術を迎えたっけ
 
ここに来るとなぜか飲みたくなる味
 
 
主治医の診察室に今日は違う医師の名前が掲げられている
 
なんと、それは大好きなスーパーマンS先生の名前だ
 
主治医のO先生のことをもちろん信頼しているし、最初、O先生をめがけてここに来た
 
でも
なぜか長く繰り返される入院の中で、一貫して自分の足の症状に真剣に向き合ってくれたのはスーパーマンS先生だった
 
手術の腕はピカイチだが性格が厳し過ぎると渋い評判のS先生だが、自分はなぜかなんでも言えたし気が合った
 
最後に退院した去年の7月、手を取り合って涙を流し、「ありがとう」と言ったのはО先生ではなくこのスーパーマンS先生だった
 
 
「絶対歩けるようになるから。絶対大丈夫だから」
そう言ってくれたのもここではスーパーマンS先生ただ一人だけだった
 
ここで知り合ったとびきり美人の友人に
「あの先生とそんなに気が合うなんて考えられない。主治医を変えてもらったら良いかもね」
と呆れられた話しでもある
 
もちろん主治医のO先生にもきちんとお礼の言葉は述べたが、外来でまた逢えるという気持ちがあったためか、「じゃあ、また」という感じであった
スーパーマンS先生は入院していれば回診で逢うこともあるが、退院してしまうとそういうわけにもいかない。
 
 
そのスーパーマンS先生の名前が掲げられているのだ
 
 
 
事件だ
 
 
 
 
診察室に呼ばれた
 
 
スーパーマンS先生の名前が掲げられているドアが開けられる
 
 
 
思わず
「え?ここ、S先生の部屋でしょう?」
 
と看護師にいうが、その看護師は不思議そうな顔で
「そのまま診察室に入って良いですよ」
という
 
部屋の中にはこれまた不思議そうな顔のO先生が座っていた
 
 
「あれ?S先生の名前だったから診察室間違えてるかと思ってた」
 
というと、O先生は、いつもの穏やかな口調で
 
「もう昼になるけれど、今までそれを言った患者さんはいなかったよ。すごい観察力だね」
 
と笑っていた
 
内心S先生に逢えるかとワクワクしていたことは内緒にしておいた
 
次の受診は9月だ
 
 
とびきり美人の友人が駆けつけてくれる
病院の中の食道で楽しいランチタイムのひとときを過ごす
 
 
お互いの近況報告をしあい、
普段はしないここでの入院を振り返る
 

友人は自分の編み物コーチの仕事にびっくりするも、喜んでくれる

 
私たちのここでの辛い闘いはもう終わりにしたいね───
 
いつもの同じこの言葉が出る
 
 
入院生活が終わり、お互い前に進んでいっている
 
 
1年前にはこんなことが始まるなんて思っていなかった
 
 
そんな自分の手の中にはいつも編み物があった