2017.4.4 子宮全摘術後の闘い108―平和な時間 | pinocoのブログ

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巨大子宮筋腫、乳がんetc·····
何があっても自分らしく生きる七転び八起きの精神でユーモアを忘れず生きています。

 

 

 

2015年巨大子宮筋腫のために

子宮全摘術を行ったその後の記録です

 

 

 

 

2017年4月4日に書いたものです

 

 

 

 

 

自分の周りはけたたましく色々な出来事があった

愛鳥の雛はそんな中のオアシスだった







母親が手術の為に入院した


今はもう手術も終わって退院したからここに書けるが、何年もお世話になっている担当医師からは、

「簡単に退院出来ないかもしれない」

と言われていた

手術後の症状の改善は五分五分だという説明を受けていたが、正直、

「二分の1か・・・高確率だな・・・」

と思っていた


もちろん、良い方の確率だ


医師からの手術の説明の時に同席したが、五分五分だと言いづらそうに医師が説明をしたときに、

「自分なら手術を受けるけれどな・・・」

と、言ってしまった


母親もそれを聞いたからか、手術を受けますと答えて、先生が

「もう少し考えてみなくていいですか?」

と、言ったくらいだった


考えても体調の悪いのはこのままでは絶対良くならないんだから、手術を受けて50パーセントの確率を信じた方が良い


自分ならそう考える

母親はどう思ったのかは詳しくはわからないが、家では若干迷っていた様子だったのに、先生の前では即答していた



手術を受けるのは彼女なので、彼女が決めたことなので良い、と思った


母親の入院はこれが初めてではない


慣れてはいるが、今のこの自分の体の状態で、母親の入院先の病院へ通ったり、父親の身の回りのことをするのはきつかった


朝起きたらいつの間にか夜になって、寝たら朝だった


自分の通院と親の入院先の病院を駆け回っていた



そんなぐるぐるの間


セキセイインコの雛が中雛になった


編み物検定の勉強はテキストも広げる余裕も編みの実技の勉強もする時間もなかった

それでも少しずつだけれど、作品作りの手は動いた

以前ある方に

「時間があっていいなぁ・・私ももっと時間があれば出来るのになぁ・・・」

と言われたことがあった



時間はみんなに平等に流れているのだ

どう使うかは自分次第なのだ

どんな状況に置かれてもそれに対応出来るかどうかなのだ

みんな口に出して言わないけれど、そこそこ大変な何かを背負って居るものだ
そんな大変なものをわざわざみんなに言わなくてもいいし、アピールする必要もない


ちょっとしたことを嬉しいなぁと思えることができ、楽しいなぁと思うことにはスッと笑顔になれる自分をキープ出来ている事が大切だと思う


悲しい時には泣いてもいい

そして次の一歩を出せばいい


今まだ術後のあとの後遺症の為に仕事を休んでいる

そして病院や整骨院治療院へ通っている

一日に、二軒、三軒のハシゴをしている


時間が余るほど有るわけでもなく、体が痛んで休まなくてはいけない時間もある

それでも、時間があっていいなぁ・・と言われることは自分に余裕が有るように見えるのかと受け取り、いつものように、


ま、いっかぁ・・・と思う







先代の愛鳥






オエッとなるくらい、かきかきが大好きなツンデレな愛鳥は
ようやくひとり寝が出来る様になり、飛べるまで成長した


お手製の遊び場に、止まり木を設置すると、

『ワンダーランド』ができた

ビビりながらも大好きな豆苗をぱくぱく



遊び散らかして、止まり木で一休み




マッハで流れて居るように思える時間の中の平和な場所


自分に出来ることを自分らしく自分のペースで積み重ねる


何も出来ないじゃなく、
今、何が出来るかを考える