2016/9/9 子宮全摘術後の闘い53―リハビリ訓練と癒着はがし | pinocoのブログ

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2015年巨大子宮筋腫のために

子宮全摘術後を行ったその後の記録です

 

 

 

 

2016年9月9日に書いたモノです

 

 

 

自分が歩けるようになった治療について、ここに書き記しておこうと思う



子宮全摘術後、半年を過ぎた頃に後遺症の為歩くことが困難で歩行器と車椅子を使うようになった


手術をした病院では、最初は
「何も出来ない」
の一点張りだった


どうにか歩けるように戻りたいという自分の願いで
旭川でリハビリを受けれるようになったのは術後9ヶ月経ってからで、その頃には自力歩行はほぼ出来ない状態にまでなっていた


入院でのリハビリを14日間

車椅子での生活

杖と平行棒、または先生の手を借りて休み休みで15メートルどうにか歩くことが出来るようになった



退院後、旭川のR病院に通院でのリハビリ訓練に通うことになった

週に二回、一回の時間は約20分
あっという間だ

まだまだ歩けるようになるのは遠い先の事のような下肢の状態だった


しかし、そのR病院に通い始めた次の週に、駐車場からリハビリ室までの片道をよたよたながらも杖を使っての自力歩行が出来るようになった


この頃手術をしてくれた札幌の病院への外来受診があり、自分の歩ける姿を見て、

「リハビリ凄いねぇ」

と、婦人科の主治医はいった



しかし、実はこの他にも治療院で
『癒着はがし』
の治療を受けていた

治療を受ける前に手術をしてくれた主治医の先生に相談したところ全否定をされた治療だったが、その治療をリハビリと並行して始めることにした



今、歩けるようになってきているのは、リハビリとこの治療も効いているように思える


そもそも西洋医学と東洋医学は土俵が違う

違う観点を上手く融合させて回復に向かう治療をすれば良いだけだと思う


歩けなくなったことが『わからないこと』なのに、違う土俵の治療法を全否定っていうのはなんだかしっくりこない



だが、否定をしているのは当の歩けない自分ではないので、歩けるようになる可能性が有るならば受けてみる価値は有るだろうと自分自身で判断した


もちろん、信頼している治療院の先生がいう『理屈』に納得したうえである


西洋医学では
『もう手術のところはなんともない』
『歩けるはず』
『癒着はどうしようもなく、何もできない』

東洋医学では
『お腹の中はまだ炎症している』
『癒着が固定してしまう前に癒着をはがす』


みる角度が違うということは、同じモノを違う風にとらえるということで

 

そもそも考え方が違うということなので、比べるものではないとは思うが、とにかく歩けるようになるんだったら何でも良い


今の自分の相棒はこのT字杖
車椅子につけていたキティのネームプレートが目印




短い距離ならこの杖にほぼ頼らず歩行が出来るようになった

そして、常用していた薬は飲むのをやめた

体を動かすと出る痛みが休んでも治まらないときだけ痛み止めを使っている


歩けなくなって、何も出来ないと言われた時は奈落の底に突き落とされた気分だった
もう這い上がれ無いんじゃないかと何度思ったことだろう




歩けるようになった自分を見て、誰もが驚きの声をあげる

そのくらい歩けていなかったし、いつ歩けるようになるのかはわからないことだった


でも、今ほんの少しずつではあるが歩けるようになってきている


先の事は誰にもわからない

けれど、何事も諦めてはいけない




頑張り過ぎてもいけない

いつ終わるのかわからない長い長い闘いなのだ


あんまり頑張り過ぎてはモチベーションが続かない
体がつらいときなんだから尚更だ

体の状態が悪くなると頑張っただけ落ち込むような気がする


頑張れないときは無理に頑張らないのがいい


一休さんも言ってたではないか

「ひと休み、ひと休み」




今の状態の自分を受け入れ、今、何ができるか考えることが大事だと思う



良くなることも悪くなることも日々の変化はほんのわずかなものだ


遠回りだと思うことが実は最短距離だということもある



東洋医学と西洋医学
両方のいいとこ取りをすればいい


 

もうしばらく 「リハビリ訓練」と「癒着はがし」を 自分なりに頑張っていく




いつかまた駆け回れるようになれますように───

そう願いを込めて───